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気ままにギャラリートーク~平櫛田中 №10 [文芸美術の森]

《かがみ》

                        小平市平櫛田中彫刻美術館
                                     主査・学芸員 藤井 明

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 タイトルにかつてこのシリーズで紹介した《鏡獅子》と同じ言葉を含んでいますが、全く違う作品です。
 鬼が鏡に映る自分の姿をにらみながら、頭の角を引き抜こうと懸命です。よく見ると、鬼の頭には二本あったはずの角が一本足りません。
 この作品の箱書きには「見悪しさに鬼も角を折る」とあります。なるほど、角が一本だけ残っていると不格好なので、取ってしまおうというわけですか。でも、ちょっと待ってください。角は鬼のシンボルのはず。残った角まで抜いてしまうと鬼でなくなってしまうではありませんか。でも当の本人はそのことに頭が一杯で、気づいている様子はまるでありません。必死な表情もどこか滑稽で、じっと作品を見ているうちに可笑しさがこみあげてきます。しかも、それがふだん私たちが恐ろしいイメージを抱いている鬼だというのだから、ちょっと愉快ではありませんか。
 でも、ここで何か思い当ることはありませんか。そうです。もしかするとこの鬼の姿は、それを嗤っている自分自身かもしれないという仮説にです。
 皆さんにも、いいところを見せようとしているうちに、つい自分を見失ってしまうという経験は一度ならずあるのではないでしょうか。だとすると、この作品はまるで鏡のように、私たちの本性も映し出しているのかもしれません。そのように考えてみると、この作品のタイトル、なかなか意味深ですね。
 私は以前、おそろしい姿をした《転生》という鬼の作品を紹介しましたが(10月15日号参照のこと)、実のところ鬼はこわい存在ばかりではありません。奈良や京都の寺を訪ねると、薄暗いお堂の中で、四天王像に踏みつけられた、気の毒な鬼の姿を見つけることができます。私たちは大昔から鬼のそうした姿によって、「悪い行いをするとこんな風にされてしまうんだよ」と教化されてきたのでしょう。そもそも鬼は異形の姿をとりながら、人間に似ているというまさにそのことによって、私たちに反省を促す存在として命を与えられてきたようです。田中が作ったこの《かがみ》も、そのような鬼の系譜に連なる作品と言えるのではないでしょうか。

* * * * * * * * * * * *                                                                       平櫛田中について 

平櫛田中は、明治5年、現在の岡山県井原市に生まれ、青年期に大阪の人形師・中谷省古のもとで彫刻修業をしたのち、上京して高村光雲の門下生となる。その後、美術界の指導者・岡倉天心や臨済宗の高僧・西山禾山の影響を受け、仏教説話や中国の故事などを題材にした精神性の強い作品を制作した。
大正期には、モデルを使用した塑造の研究に励み、その成果を代表作《転生》《烏有先生》など。昭和初期以降は、彩色の使用を試み、「伝統」と「近代」の間に表現の可能性を求め、昭和33年には国立劇場の《鏡獅子》を20年の歳月をかけて完成した。昭和37年には、彫刻界でのこうした功績が認められ、文化勲章を受章する。
昭和45年、長年住み暮した東京都台東区から小平市に転居し、亡くなるまでの約10年間を過ごした。昭和54年、107歳で没。


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