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気ままにギャラリートーク~平櫛田中 №15 [文芸美術の森]

《鍾馗(しょうき)》

                         小平市平櫛田中彫刻美術館 
                                         学芸員 藤井 明

鍾馗.jpg

                                                                                                                                              鍾馗は中国の民間に伝わる魔除け、学業成就の神様で、日本では端午の節句にその画像を掛ける習わしがあります。
 中国唐代の玄宗皇帝が病に伏せた時、大きな鬼が現れて宮廷内で悪戯をする小鬼を捕らえて食べる夢を見ます。玄宗は夢から覚めると病気が治っていることに気づき、画家の呉道玄に命じて大きな鬼を描かせました。それが鍾馗の始まりとされています。
 作品の鍾馗は、小鬼を捕まえ、今まさに手にした剣で仕留めようとしています。すばしっこい小鬼を捕まえるまでの奮闘ぶりを示すように、左足は裸足のままになっています。
 一方の小鬼は、先ほどまで悪さをしていたのが、今は鍾馗の力強い腕にがっちり髪をつかまれて、死にもの狂いで逃れようとしています。こうした二体の鬼の様子が生きいきと表現されているのですが、すべて一木で彫られているのですから驚きです。
 使用材は、ケヤキ、あるいはエンジュ(マメ科の落葉高木)です。これらの木はとても小さな孔を連ねた細い帯状の木目を持つことに特色があり、作品にはそうした木目が体のラインに沿ってきれいに入っています。そしてそのことが作品に躍動感を与えていると言えそうです。
 田中は意図してそのように彫ったのだろうか、あるいは偶然そうなったのだろうか。私にとってそのことは長い間の疑問でした。ある日材木商を営む人が美術館を訪問したので、私はこの機会を逃さず教えを乞うと、その材木商は「田中さんくらい木を彫っていると、木を彫っていく方向でどのように木目が入るか分かるんですよ」と言い、彫刻刀による木の断面と木目の関係を説明してくれました。材木商は私のためにわざわざ絵まで描いてくれたのでとても分かりやすかったのですが、この作品のような複雑な形になると、自分では木彫を作らないので私の頭は混乱をきたしてきます。でもそれだけに、この作品に木目がきれいに入っていることがすごい事のように思えてくるのでした。そして、この作品に実際と違った向きに木目が入っている状態を想像してみた時、躍動感や迫力が弱められてしまう気がして、やはり実際の木目の向きは作者の周到な用意によるのだろうと思い、一層感慨を深めたのでした。
 まもなく端午の節句を迎えます。皆さんも実際に作品を御覧になり、木目の妙を楽しみながら、何か願い事をしてみてはいかがでしょうか。

* * * * * * * * * * * *                                                                       平櫛田中について 

平櫛田中は、明治5年、現在の岡山県井原市に生まれ、青年期に大阪の人形師・中谷省古のもとで彫刻修業をしたのち、上京して高村光雲の門下生となる。その後、美術界の指導者・岡倉天心や臨済宗の高僧・西山禾山の影響を受け、仏教説話や中国の故事などを題材にした精神性の強い作品を制作した。
大正期には、モデルを使用した塑造の研究に励み、その成果を代表作《転生》《烏有先生》など。昭和初期以降は、彩色の使用を試み、「伝統」と「近代」の間に表現の可能性を求め、昭和33年には国立劇場の《鏡獅子》を20年の歳月をかけて完成した。昭和37年には、彫刻界でのこうした功績が認められ、文化勲章を受章する。
昭和45年、長年住み暮した東京都台東区から小平市に転居し、亡くなるまでの約10年間を過ごした。昭和54年、107歳で没。


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