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にんじんの午睡(ひるね) №33 [文芸美術の森]

食いしん坊 Ⅱ
               エッセイスト  中村一枝

 息子夫婦が、連休明けに、三泊ほど伊豆高原に行ってくると言う。お嫁さんはヨガのインストラクターを何年も前からやっていて、いつも忙しく働いている。恐らく久しぶりの休暇である。
 「そりゃあいいわ。多分道もすいているだろうし、せいぜい美味しいものを食べてゆっくりやすんでらっしゃい」
と、私は言った。頃は新緑の真っ只中、伊豆高原あたりで美味しい食材を食べ放題なんて想像するだけで口の中につばが溜まってくる。
 「あのね」、お嫁さんのTちゃんが笑いながら言った。「わたしたち、食べに行くんじゃなくて、断食しに行くんです。」
 「へえ、断食? 三日間も」
 もともとこの二人はヒンズー教の教えに共鳴し、ふだんでも肉食はしない。食事にも気を付けている。それにしても、食べる事しか頭にないわたしはその主張には共鳴できても我慢できないだろうと思うと、ちょっと恥ずかしかった。
 前にも書いたが、わたしの食いしん坊は多分父親ゆずりである。父の食いしん坊は贅沢というのとはちょっと違った。古い長火鉢で時間をかけて海老煎餅を焼いたり、今はする人もいないが、俸禄(ほうろく)という金物の網みたいなもので豆を煎ったり、大好きな蒲鉾を大事にして少し切ってはくれたりもする。変な食いしん坊たった。
 ところでわたしの愛犬はビーグルという犬種だが、これがまたひとかたならぬ、食いしん坊なのだ。ビーグルという犬種は犬の中でも食いしん坊に違いないが、そのなかでもわが家のモモの食いけはかなりのものだと以前から気にしていた。最近、わたしの足が不自由になり、運動をさせるのがむずかしくなって、今は週三回人を頼んでいる。かの女にもストレスか溜まっているのはわかっていたのだが、ある時冷凍庫をあけることをおぼえたのだ。
 冷凍庫にはモモの食料であるささ身が山ほど入っている。犬の感でモモは察したのに違いない。それからのモモの攻防はすごかった。あの硬い、きっちりした扉を開けたのである。犬だってやったあと思ったにちがいない。たださいわいというか、モモにとっては不運というか、凍っているからそう簡単に食いつけない。それで被害も最小限度に済んでいるのだが、一度味わった蜜の味は忘れられないとみえる。私とモモの攻防戦はそれから既に一週間。それにしてもこの食べものへの執着心、飼い主からの遺伝じゃないかなと、実は密かにニヤリとしている。




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