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玉川上水の詞花 №191 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

ジロボウエンゴサク (けし科)

                                    エッセイスト  中込敦子

 jirobouengosaku1.jpg 上水堤の新小金井橋上流右岸で見たことがあるようで、ないような不思議な容姿の花の小群落に出会った。

 草丈30センチ前後で、ムラサキケマンのように距をつけたほっそりした花をつけている。薄紫の花の長さは2センチぐらいで数個があっち向きこっち向きして写真に撮りにくい。

 図鑑で調べたところジロボウエンゴサクなる珍妙な名前らしい。関東以西 四国 九州に分布して平地の草地などに生える多年草で,和名は次郎坊延胡索。伊勢地方ではこの花の距と太郎坊と呼ぶスミレの距を互いにひっかけて草相撲をして遊び、太郎坊のスミレに対して次郎坊と呼んだ方言が由来とは愉快愉快!

エンゴサクは延胡索と書き、この仲間の中国名で漢方では根元の塊茎を掘り出し、茹でて乾燥した生薬を延胡索と称して鎮痛薬として市販。有名な「安中散」の鎮痛作用の主成分も延胡索だそうだ。

 同じケシ科仲間のムラサキケマン(紫華鬘)の名前も難しく珍名だが、ムラサキケマンの方は上水堤のあちこちに増殖しているが次郎坊の方はまだ希少。花の色も淡く草相撲をして遊ぶには忍びないが…。

花 期
春 3~5月 夏 6~8月 秋 9~11月 冬 12~2月
 ○   

モグラ通信:http://www.h4.dion.ne.jp/~mogura1/index.htm       


赤川Bonzeと愉快な仲間たち №88 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

子どものびのび支援センター「子どものお城」

                                               銅板造形作家  赤川政由

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                                                                               大分県大分市賀来(かく)の森にある博愛病院が、新しく開設した、未就学児童の為の、発達障害の子どもたちの「子どものおしろ。」全長100m。
 日本ではじめての大きさで、いろいろ、気をくばられています。てんとうむしさんは、入り口で、お出迎えする、門番サンです。反対側にかぶとむしくんが、たってます。院長は、作者の中学生の頃からの友人。長年の、臨床の経験から、発達障害の、ちびっこたちが、増えていて、何とか、子どもたちの身になった施設の必要を感じたとのこと。豊かな緑の中に、広々とした森にかこまれ、素晴らしい圓舎が、できました。

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           かぶとむしくん。後ろにみえるのが、豊かな賀来(かく)の森。


線路はつづくよ~昭和な鉄路の風景に魅せられて №77 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

梅から桜へ                       

                                     岩本啓介                          

梅林に“四季島” 現る 中央線                         

“四季島”が裏高尾の荒井梅林を試運転走行中。                           
5月1日から運行開始予定のクルーズトレインです。   

77FI6A6704四季島の試運転・高尾荒井梅林.jpg

                                  敷島の試運転・高尾洗井梅林                              
                               
飛鳥山の都電 荒川線                                  

信号待ちの都電の前を大勢の人達が行きかいます。 

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押し花絵の世界 №37 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「花車」

                                    押し花作家  山崎房枝

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40cm×33cm

ゴボウや筍の皮で作った花車に、春の花が沢山積んである様子を表現しました。


渋紙に点火された光と影 №13 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

竹藪に月

                                   型染め版画家  田中 清

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玉川上水の詞花 №190 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

イチリンソウ (きんぽうげ科)

                                    エッセイスト  中込敦子

itirinso.jpg 近年玉川上水堤に二輪草は殖えて、大小の群落が楽しめるが、イチリンソウは小金井橋のアーチ下の極く限られた場所でしか見られないとされてきた。

ところが、茜屋橋付近でイチリンソウらしい花を見つけたと、野草好きな友人から連絡があり、確かめに行った。紛れもなくイチリンソウであった。

一本の茎の葉の付け根から2本の花茎を伸ばして2輪の花を前後して開花させる二輪草。同じキンポウゲ科であるイチリンソウは茎葉の間から1本の長めの柄を出して、その先端に一輪だけ花を。しかし花径は4センチ前後と大きく二輪草の4~5倍はありそうだ。

イチリンソウもニリンソウも白い花びらに見えるのは萼片で、イチリンソウはウラベニイチゲの別名のように、開花しても萼片の裏面は淡いピンク色を残している。風に揺られて薄紅色がチラチラなまめかしい。

山地や丘陵の林の縁,竹やぶなどに生える多年草で、葉は3つに大きく分かれ2回羽状に分裂して切れ込みが深く葉でもニリンソウとの区別がつく。小群落が数ヵ所に見られるので、今後殖えることが期待できそうだ。
 
花 期
春 3~5月 夏 6~8月 秋 9~11月 冬 12~2月
    ○

モグラ通信:http://www.h4.dion.ne.jp/~mogura1/index.htm
 


赤川Bonzeと愉快な仲間たち №87 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

星をとる男 「ほしどろぼう」

                                   銅板造形作家  赤川政由

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                                                                                      夜には、満天の星が、輝く。久住山のふもと。大久保病院の施設、ビラドくじゅうの、中庭に、たっている、サンチョパンサか、ドン・キホーテか、はたまた、シラノドベルジュラックなるや、このおじさん。たかぼうきを、自慢げにもち、星を小脇にかかえて得意なおももち。バカにされても、されても、かなわぬ夢を追いかけるオジサンが、いい。
きがつげば、いつのまにか夢が、かなっていたとなればいい。


旬の食彩 僕の味 №95 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

春といえば

                       レストラン「ヴァンセット」オーナー  大澤 聡

春といえばこれ!
ホワイトアスパラガス。甘みと苦味、旨味が詰まったロワール産ホワイトアスパラガス。
今年も入荷しています。
1本100gくらいのものも。
春の食材の組み合わせを楽しむため、フキノトウと一緒に。
フキノトウはバターと合わせてフキノトウバターに。
ハーブバーターを作るようにして作るこのバターは魚から肉、ホワイトアスパラガスのソースなど幅広く使える。
フキノトウバターは香り高いエシャロット、ベーコン、アーモンドプードル、ニンニク、マッシュルームを一緒にペースト状にしたもの。
これをホワイトアスパラガスの場合は、アサリの出しをベースにしたソースにフキノトウバターを乳化させていく。あさりの旨味とほろ苦いフキノトウの味わい香りが春らしさを演出。
ホワイトアスパラガスはしっかりと塩のきいたお湯で茹でる。
ゆでたてを皿に乗せソースを添えて。噛んだ時にジュワーとアスパラガスの旨味が口いっぱいに広がる。春を全力で感じる前菜。

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                                                                                今年は冷製も。
春を感じる色々な野菜。そら豆、スナックエンドウ、菜の花、カブ、ブロッコリー、ロマネスコ、絹さや、インゲン、オニオンヌーボーなどと一緒に盛り込む。カルパッチョやテリーヌと。

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                                                                                           そしてアスパラといえば卵。
加古川の日本一こだわり卵で作った温度卵と。ゆでたてのホワイトアスパラガスと
ソースはコクのあるカリフラワーのソースとオマール海老の泡のソースでこれもまたコクと旨味とシャキシャキ感と黄身のねっとり感が生み出す春のハーモニー。
ぜひこの春、ヴァンセットでホワイトアスパラガスを堪能してみてください。

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東京都立川市柴崎町3-5-2むつ花ビル2F  042-526-6716
ヴァンセット27シェフブログ  http://www.sprasia.com/tv/user/vanset/blog
ヴァンセットHP http://www.restaurant27.hello-net.info/


押し花絵の世界 №36 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「春爛漫」

                                    押し花作家  山崎房枝

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                         41cm×34cm 

緑豊かな山々に囲まれた小川の淵に、色鮮やかな枝垂れ桜と菜の花が咲いている光景をイメージして制作しました。

※作品展のご案内

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                                                                              入場無料、開催時間はAM10:00~PM17:00。
20日(木)は休館日なのでお休みです。毎日AM11:00~12:00とPM14:00~15:00の2回、小さなお子様でも簡単に作れる押し花を使った可愛いしおりの無料体験会も開催予定です。


線路はつづくよ~昭和な鉄路の風景に魅せられて №76 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

なごり雪 信州

                                        岩本啓介                                                 

千曲川 飯山線

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大きく回り込む千曲川に沿って 飯山線も大きくS字のカーブを描きます。           
豪雪地帯の飯山線ですが、3月末ともなると 木々に雪はありませんが、平地や山々にはまだまだ雪が残っていました。左側に列車が小さく・・・  

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                       黒姫山しなの鉄道・信越大橋俯瞰

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妙高山
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長野電鉄・夜間瀬(やませ)鉄橋・高社山。日比谷線嫁入り。

渋紙に点火された光と影 №12 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「村に降る雪」

                                   型染め版画家  田中 清

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玉川上水の詞花 №189 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

ベニバナトキワマンサク (紅花常盤満作=まんさく科)

                                    エッセイスト  中込敦子

benibanatokiwa1.jpg 紅紫色のリボン細工のような花を密集させて咲いているベニバナトキワマンサクを、最近、民家の庭でよく見かけるが、玉川上水沿いでも出会った。
 茜屋橋といこい橋付近の上水は住宅街に接しているので、挿し木されたか移植されたのかも知れない。

ベニバナトキワマンサクは中国原産の常緑低木。春を告げる花として知られるマンサク(満作)と同じマンサク科だが、属は異なりマンサクは落葉高木で10メートル近く成長して落葉するのに対して、ベニバナの方は落葉して樹高も3~4メートル。

 葉が赤紫色になる「銅葉」と緑色の「緑葉」があり、蜜に茂るので生垣に使われることも多い。

 鮮やかな赤紫色の花弁は4枚、雄蕊も4本だが、密集して咲いているので、細いリボンが絡まりあっているように見える。3月中旬から5月に開花する花も、マンサクの黄色の花より、一回り大きく華やかで目立つ。
 
花 期
春 3~5月 夏 6~8月 秋 9~11月 冬 12~2月
    ○  

モグラ通信:http://www.h4.dion.ne.jp/~mogura1/index.htm  
 


赤川Bonzeと愉快な仲間たち №86 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

セロ弾き

                                   銅板造形作家  赤川政由

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                                                                              大分県竹田、久住町の、大久保病院の施設には、ボンズ作品が点在してます。
セロヒキは、いくつか制作してますが、立川の、幸公民館の、セロヒキからくらべると、小さい作品です。特養老人ホームの前に、設置され、土管でできた台座の上にのってます。夜には、満天の星空が背景に広がり、幻想的です。次回は、星をとる男を紹介します。


線路はつづくよ~昭和な鉄路の風景に魅せられて №75 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

●▲■線                         

                                        岩本啓介  

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う~ん 70年代の西武鉄道??                         
いやいや 昔の西武鉄道風に新たに作った??                           
諸説いろいろ                            
所沢の焼き肉屋さんの前に鎮座する電車です。                           
                           


押し花絵の世界 №35 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

「秘密の花園」

                                     押し花作家  山崎房枝

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                                      45cm×35cm 

アネモネ、ビオラ、アリッサムなど春の花材を使用しました。


渋紙に点火された光と影 №12 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

                                   型染め版画家  田中 清

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玉川上水の詞花 №188 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

キンボウゲ(きんほうげ科)

                                    エッセイスト  中込敦子

kinpouge.jpg別名、ウマノアシガタと言う。春の盛り、燃えるような新緑の上水土手にいくつかの黄色系の花を咲かせる野草がある。

その中で、ウマノアシガタは茎が多数に枝分かれし、30センチ前後の茎の高さに伸びた茎の先端に、光沢のある5弁の輝くような黄色でやや大型の花をつけひときわ目立つ。

ほっそりした花茎のせいか、風のままに花を揺らしてダンスをしているように見える。アップで見ると萼に産毛が光っていた。

数年前、山梨県西部の草原で群生したこの野草の開花最盛期に遭遇し、風に揺れる黄色の波打つ見事な情景に自然の造形美に心洗われ満足感にひたった。

根もとの葉は深く3つに裂け、各裂葉とも浅い鋸歯状になっているが、この葉の形が馬の足跡に似ているというので名前が付けられたと言われているが、見ての感じではそれほど似ているとも思われない。

花の後、その果が多数集まって球状の集合果となる。その集合果の姿からコンペイトウ草の俗名もあり、その名で親しまれている他方もあるようだ。

山羊の子がしきりにはねるキンポウゲ  高浜 虚子

花 期
春 3~5月 夏 6~8月 秋 9~11月 冬 12~2月
○    

モグラ通信http://www.h4.dion.ne.jp/~mogura1/:   


赤川Bonzeと愉快な仲間たち №85 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

光ほのかに

                                   銅板造形作家  赤川政由

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                                                                                大分の、竹田市にある、久住山の麓。大久保病院の、彫刻を、ごあんないしましょう。
この少女の作品は、「光りほのかに」というタイトルです。病院の医院長からいらいで、敷地の外れに、散歩に行ける公園を、作りたいとようせいがあり。全体をデザインしました。先代の医院長の、お墓もかねて、慰霊碑になる公園を、マネの、絵画に出てくるような、花畑にしたいとのことでいらいされたのです。敷地のおくに、薔薇園を、配置して、その前にこの少女を、せっちしました。
光りほのかに。は、「アンネの日記」の原作のタイトルです。アンネの育てた薔薇の苗が、その後、アンネの父親の手によって、世界中に、分けられ、プレゼントされました。日本にも、東京の武蔵野の、中学校に、あるそうです。そんな話しに、思いをよせて、少女が、自分の手のなかにともる、ささやかな光りを、見つめて幸せになる願いをこめているという、かたちに、しましてみたのです。次回も、大久保病院の、彫刻を、ごあんないしましょう。


旬の食彩 僕の味 №94 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

比内地鶏のガランティーヌ

                       レストラン「ヴァンセット」オーナー  大澤 聡

ガランティーヌは鳥などの骨を取り除いて詰め物をした料理と言われます。

ヴァンセットはコースメニューが主です。量を求めないお客様が多いので、小ぶりなガランティーヌを仕込みます。通常開いた鳥モモを平らにして詰め物をのせて包みます。
今回は比内地鶏のモモ肉をひき肉にします。富士幻豚のもものひき肉とグリンペッパーとクルミを合わせて詰め物を作るのですが、今回は、通常詰め物にするこの部分を薄く伸ばして比内地鶏のササミと胸肉、フォアグラ、ドライフルーツの杏、トリュフを包んでいきます。

中に詰めるをフォアグラは、マリネしたあと真空パックにして48度で30分加熱します。この時脂がでてきます。加熱後このフォアグラの脂をよく拭き取ったものを詰め物に使います。
こうすると仕上がりが綺麗になるのと軽く仕上がります。

これを真空パックにして形を整えて、加熱していきます。

加熱方は湯煎です。

57度湯煎で1時間ちょっと。
低温での加熱なのでしっとりとした仕上がりになります。

季節が春になってきたのでたくさんの春野菜と盛り合わせて仕上げます。

野菜は小かぶ、オータムポエム、セロリ、人参、オニオンヌーボー、インゲン、スナックエンドウ、キヌサヤ、そら豆、ロマネスコ、などなど。ヴァンセットお得意の水塩とクルミオイル、オリーブオイルでマリネします。それぞれの野菜にあった塩分濃度の水塩マリナードに漬け込みます。ブロッコリーやロマネスコなど味が染みやすいものは薄めの水塩マリナードといった具合で。そして盛り付けます。皿中央に円を描くように野菜を並べていきます。サラダも散らし、仕上げにコンテ(チーズ)を添えて。

春はこの形で色々なバリエーションを作っています。
カルパッチョや、ホタテのポワレなどと組み合わせたりと野菜を食べる前菜です。

春野菜の爽やかな香り歯切れの良い食感を是非お楽しみくだだい。

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                                                                              東京都立川市柴崎町3-5-2むつ花ビル2F  042-526-6716
ヴァンセット27シェフブログ  http://www.sprasia.com/tv/user/vanset/blog
ヴァンセットHP http://www.restaurant27.hello-net.info/


立川陸軍飛行場と日本・アジア №144 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

陸軍飛行第五連隊、立川から上海事変に出動

                                 近現代史研究家  楢崎茂彌

上海事変
 昭和7(1932)年1月18日、上海で日蓮宗の僧侶等が襲撃されました。新聞は次のように報道しています。“十八日午後五時日蓮宗のたく鉢寒行の邦人五名の一行が市内華徳路東華紡績付近を通行中、突然附近の支那人十数名の襲撃を受け袋だたきに逢い、内三名は重傷を負って付近の病院に担ぎこまれたが、その内二名は生命危篤である。我が総領事館より直に応援に赴いたが、取り敢えず支那側に対して犯人捕縛厳罰を要求することに決した”(「東京朝日新聞」1931.1.19)≪差別用語である“支那”は、敢えて原文のままにしました≫。
 20日早朝4時に、青年同志会の会員30名が上海郊外の三友実業社を襲撃し工場を破壊、工場に火を放ちます。出動した中国人巡査と乱闘になり2名を殺害、会員1名も死亡し多くの重軽傷者を出しました。急報を受けた海軍陸戦隊が出動し隣の工場を警戒する事態になります。
 この事態に上海在住の日本人1000人以上が総領事館前に押しかけ村井総領事に決議文を手渡します。群集は領事の見解を聴きたいとして領事館になだれ込もうとしたので、領事が前庭に出て「決議の趣旨は全く同感にて誠意をもって最善を尽くす」と挨拶してその場をおさめます。群集は更に海軍陸戦隊の本部に向かい、途中で中国人と衝突し商店のショーウィンドーを割り、外人巡査と乱闘する騒ぎを起こします。
 村井総領事は翌日、上海市長に“日蓮宗僧侶などを殺害した加害者の処罰や抗日団体の即時解散”を求めました。上海市長はこの要求をのみ、28日には抗日団体の解散命令を出します。この日、上海の共同租界工部(行政機関)は戒厳令を発令し英国駐屯軍司令官が指揮をとることになりました。戒厳令を受け午後11時20分日本海軍陸戦隊に出動命令が出て、深夜には日中両軍の大規模な軍事衝突が始まりました。いわゆる第1次上海事変が勃発したのです。
 ここまで読むと、日蓮宗の僧たちが襲撃されたことが引き金となった上海事変は中国側に原因があるように思いますよね。でも事実は全く違っています。この事件は、当時上海公使館付陸軍武官補佐官だった田中隆吉少佐が企てた謀略だったのです。戦後の極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)でも検事側証人として法廷に立った田中は、1964年11月12日に放映された「私の昭和史」(東京12チャンネル放送)に出演して次のように語っています。(田中:田中隆吉、三國:司会の三國一朗)

三國:田中さん、世間ではこの上海事変の火付け役は、実は田中さんであると…。
田中:そのとおりです。
三國:ズバリ一言でおっしゃいましたね。そうしますと、日蓮宗の托鉢僧が五人托鉢をやっておりま したね。あのとき、上海の路上であの人たちを襲撃させたのは田中さんですか。
田中:そうです、私です。
三國:それは、どういういきさつですか。
田中:前の年の九月十八日に満州事変が起こりました。十一月半ばにはほぼ平定した。日本人として は満州を独立させたいんです。ところが列国側が非常にうるさい。そこで関東軍高級参謀板垣征四 郎大佐から私に電報が来まして、「列国の目がうるさいから、上海で事を起こせ」と。列国の目を 上海にそらせて満州の独立を容易ならしめよ、という電報がきたんです。それで金を二万円送って きた。
三國:運動費ですね。
田中:今の金にすれば六〇〇万円です。それで私は何とか事を起こそうと。実は私も満州事変に関  係した一人ですから、是非成功させたいと思いました。当時親しくしていました川島芳子さんとい う女の人がいました。
三國:例の男装の麗人。
田中:ええ、これに二万円渡しましてね。上海に三友実業公司というタオルの製造会社があったんで すが、これが非常に共産主義的で排日なんです。排日の根拠地なんです。「それをうまく利用して 日蓮宗の托鉢僧を殺せ」ということを頼んだんです。それが、果たしてやってのです。
三國:やりましたか
田中:一人殺され二人は傷ついたんです。そこで私は、このときこそ事を起こそうと思って、当時上 海に日本人青年同志会というのがあったんですが、それをちょうど上海にきておった重藤千春とい う憲兵大尉に指揮させて、その抗日色の強い三友実業公司を襲撃させたんです。そうしれば必ずや 日支間に衝突が起こると、私はそう確信したんです。果たして、その後の日支間の空気は非常に険 悪になった。そこで当時の松井倉松総領事がシナ側に抗議したんです。こういう排日運動をやめろ と。すると、中国側は全面的に承知したんです。ところが、現地の居留民が承知しないんです。非 常に激昂したんです。で、上海陸戦隊に頼んだんですな、なんとかしてシナ人の排日運動をとめて くれと。ところが、だんだん険悪になりまして、一月二十八日の晩に陸戦隊と十九路軍が衝突 し たんです。
三國:そのときには十九路軍は前面に出ていたんですか。
田中:ええ、もう出てたんです。もう待っておったです、反撃を。
三國:すると、向こうの方も準備ができていたんですか。
田中:すっかりできている。塹壕を作って、陸戦隊が出動するとすぐ反撃してくる。それで上海事変 が、起こったんです。                                
三國:そうすると、いわれているとおり、上海事変の火付役は間違いなく田中さんだったと…。
田中:そのとおりです。
三國:なにかほかに方法はありませんでしたか。
田中:いや、ありませんな、それ以外に方法はない。
三國:じゃ、なんとかして日支間に争いをまき起こして列国の注意をそっちに向けておいて、その陰 で「満州国」を成立させてしまおうという…。
田中:そのとおりです。
三國:それが結局成功というわけで…。
田中:そうです。そして三月一日にですな、「満州国」は建国できた。あとで関東軍の板垣大佐から 非常に丁重な礼状がきました。
三國:よくやったというわけですか。
144-1.jpg田中:お陰で満州は独立できたと、私はほめられたのです。
 田中の自慢げな物言いは気になりますが、謀略の首謀者田中隆吉の証言は、事実を語っているとされています。新聞の報道を事実だと思った国民は“上海の日本人を保護しろ”と沸き立ち、日本軍の上海での戦闘を熱狂的に支持します。新聞記事と田中の証言の両方を読むと、事実を知らされない恐ろしさを感じます。遥かかなたの南スーダンで何が起こっているのか、私たちは真実を知る必要があると思います。

陸軍飛行第五連隊、立川から上海事変に出動
 上海事変に飛行第五連隊が出動します。「東京日日新聞(府下版)1932.2.15)」の記事が当時の雰囲気を伝えているのでそのまま引用してみます。
144-2.jpg “空には四十機 地には二万人の見送り 立川○○隊上海出動
 去る○月○日午後六時十五分、立川○○○○隊に○○○が下り鈴木中佐以下○○○名の将兵は勇躍直ちに準備に着手○日午前九時十分飛行機○○台、其の他の器械を搭載した○○輛の貨車とともに二万人の見送りを受け立川駅を出発、征途についた。これより先出動命令の下った○日夜から出発までの立川町は連日戦時気分、東京はじめ東北、北陸等の各連隊区からの召集兵は○日までに全部参集、飛行機その他の器材の搭載を完了し○日には総司令官鈴木越郎中佐はじめ中西、山口、青木の各大尉は特に宮中からの御召しで参内拝謁仰せつけられ、出動兵として破格の光栄に浴して将兵の意気はとみにあがった。○日軍装検査を行い御真影の奉拝を行って岡本近衛師団長及び辻飛行第○○隊長より訓示があった。かくて○日午前七時半出発を報ずる花火が打ち上げられると地元在郷軍人、青年団、中小女学校学生をはじめ近隣町村からの各種団体五千名その他一万五千合計二万の大群衆が指定された駅東方の広場を埋める。かくて八時半営庭に集合した将兵たちは鈴木司令官より『死を覚悟して営門をくぐります』と悲壮の挨拶があって歩武堂々駅へ、沿道を埋めた人々は両側から『頼む』『しっかり』等の激励の辞を浴びせかける。駅に着けば待ち構えた群衆の万歳の爆音、折から日本飛行学校のアプロ機、陸軍航空技術部の重爆撃機九一式、戦闘機八八式、偵察機所沢飛行学校のアンリヨー機など四十機が飛来列車の屋根とスレスレの低空を乱舞さかんな空中歓送を行う”
 連載NO138で、弘前師団の随行という位置付けで第5連隊が満州に送られたことには触れましたが、この時の記事には軍装検査は14日、出発は15日と報じていますから、その時の新聞に比べても伏字(○)が各段に増えて、秘密保持が徹底し始めていることがわかります。
 弘前師団の随行という位置付けだった満州への出動に比べて、今回は“立川○○○○隊に○○○が下り”とあるので、第5連隊としての出動だと思われます。軍の秘密の壁により分からない事がドンドン増えて行きます。
144-3.jpg 一同は8時50分列車に乗り込むと、9時10分万歳の声に送られて列車は、一路広島県宇品港に向けて滑り出しました。 この日の別の記事は、宇品から汽船で上海に向かい13日深夜に上海に上陸した旨打電があったと報じているので、出発日は2月12日だと断定できます。
 2月21日の「東京日日新聞(府下版)」は“立川○○隊と岐阜独立○○隊の廿日の空襲は目ざましきものあり。爆弾は常に目標を漏らさず、敵軍をしてその心肝を寒からしめているが、なかんづく江湾停車場には最も大なる損害を与えた。”江湾停車場は上海と呉淞鎮を結んでいた淞滬線(しょうこせん)の駅です。この記事を読んで、立川駅が爆撃され人々が逃げ惑う様子を想像した読者がいたとしたら“非国民”となじられたでしょうか。
                                                       
 休載のお知らせ
 今年は立川市平和都市宣言25周年に当たります。今しかで出来ないと考え、2月17日空襲、4月4日空襲、4月24日空襲、8月2日空襲などの体験者に取材してビデオを制作して、多くの皆さんにみてもらう予定にしています。(2月18日の「立川初空襲の記録」上映会には50名を超す方が参加してくれました。)
 また「戦争は庶民も加害者にする 三多摩での米機搭乗員虐待事件」を国立市の公民館が3月19日の午後2時から上映してくれることになりました。内容を国立バージョンに編集し直しています。
4月1日には、ビデオ「4月4日空襲の記録」とフィールドワークを午前10時から立川市柴崎学習館で、4月23日にはビデオ「4月24日空襲の記憶」とフィールドワークを午後1時から 立川市幸学習館で行うことを企画しています。時間が許せば御参加下さい。
 そんな訳で、当面はビデオ制作に追われます。次回の掲載は、ビデオ制作が一段落した5月下期になります。お許し下さい。                                      

 写真上 「飛行場に参集した応召兵の群」         東京日日新聞(1932.2.15)
 写真中 「辻○隊長の軍装検査」               同
 写真下  「歓呼に送られて列車乗込」」                         同


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