So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の20件 | -

『知の木々舎』第231号・目次(2018年12月上期編成分) [もくじ]

現在の最新版の記事を収録しています。ご覧になりたい記事の見出しの下のURLをクリックするとジャンプできます。検索の詳細については手引きをご覧ください。

【文芸美術の森】

フェアリー・妖精幻想 №98                  妖精美術館館長  井村君江
 仮面劇、シェイクスピア、バレエとオペラ 1
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-11

にんじんの午睡(ひるね) №45                 エッセイスト  中村一枝
 娘の命日                                                          
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-10

渾斎随筆 №22                                  歌人  会津八一
 奈良美術に就て 1
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-9

石井鶴三の世界 №129                     画家・彫刻家  石井鶴三
 当間寺・不動院 1967年/いそべ 1968年
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-8

ロシア~アネクドートで笑う歴史~ №94  早稲田大学名誉教授  川崎 浹
  第四章 金持ちロシア人を笑う 6
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-7

往きは良い良い、帰りは……物語 №65     コピーライター  多比羅 孝
 『霜の声』『レモン(檸檬)』『嚏(くさめ))』『海猫(うみねこ)』
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-6

正岡常規と夏目金之助 №5         正岡子規・漱石研究家    栗田博行
 子規・漱石~生き方の対照性と友情。そして継承  
   第一章 ともに名家にうまれたが 2
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-5

【ことだま五七五】

日めくり汀女俳句 №23                        中村汀女・中村一枝
 三月四日~三月六日
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-4

猿若句会秀句選 №91                               猿若句会会亭    中村 信
  2018年11月17日
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-3

草木塔~種田山頭火  №30                     俳人  種田山頭火
 天行水行 6
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-2

読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №53                川柳家  水野タケシ
 11月14日、11月21日、11月28日放送分
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-1

【核無き世界を目指して】

対話随想余滴 №2                                        作家  中山士朗   
 中山士朗から関千枝子さまへ              
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-8

【心の小径】

論語 №63                                                     法学者  穂積重遠
 一九七 子のたまわく、篤(あつ)く信じて学を好み、死を守りて遠を・・・
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-1

余は如何にして基督信徒となりし乎 №53                           内村鑑三
 第八章 基督教国にて - ニューイングランドのカレッジ生活 11
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25

【雑木林の四季】

浜田山通信 №231                                   ジャーナリスト  野村勝美
 日産・東京五輪・大坂万博
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-11

私の中の一期一会 №179          アナウンサー&キャスター    藤田和弘
 カリスマ経営者カルロス・ゴーン前会長の逮捕は,日産のクーデターなのか
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-12

徒然なるままに №44                        エッセイスト  横山貞利
 名歌『椰子の実』追憶
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-11-7

BS-TBS番組情報 №175                                BS-TBS広報宣伝部
 2018年12月のおすすめ番組(上)
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-10

バルタンの呟き №46                           映画監督  飯島敏宏
 平成の終わりに・・・
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-9

医史跡を巡る旅 №49                              保健衛生監視員  小川 優
 「福岡 医の先駆者其の壱 貝原益軒」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-8

いつか空が晴れる №48                                  渋澤京子
 -パパゲーノ・パパゲーナ-
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-7

梟翁夜話(きょうおうやわ) №28                              翻訳家  島村泰治
 「珍名曼荼羅」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-6

検証 公団居住60年 №21  国立市富士見台団地自治会長  多和田栄治
 大資本奉仕の実態と用地買収の黒い霧 1
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-5

コーセーだから №45                       (株)コーセーOB  北原 保
 50歳創業の哲学 6
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-4

地球千鳥足 №118    グローバル教育者・小川地球村塾塾長  小川彩子
 自分に利便、他人に不便な国でオタオタ・ホンワカ道中~アメリカ合衆国           
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-3
                                     
シニア熱血宣言 №109                                       映像作家  石神 淳
  新・元号に向けて
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-26-2

【ふるさと立川・多摩・武蔵】

赤川Bonzeと愉快な仲間たち №121              銅板造形作家  赤川政由
 ペガサスと少女
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-7

立川陸軍飛行場と日本・アジア №169       近現代史研究家  楢崎茂彌
 連名よ、さらば「我が代表、堂々と退場」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-10-7

線路はつづくよ~昭和な鉄路の風景に魅せられて №114            岩本啓介
 錦織りなす只見線    
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-5

押し花絵の世界 №75                                     押し花作家  山﨑房枝
 「On Your Birthday」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-4

渋紙に点火された光と影 №46                 型染め版画家  田中 清
 「都会」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-3

多摩のむかし道と伝説の旅 №16                                         原田環爾
  羽村から四谷大木戸へ玉川上水水辺の道 3
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-25-2

国営昭和記念公園の四季 №23
 「行く秋」
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-30

【代表・玲子の雑記帳】                       『知の木々舎 』代表  横幕玲子
https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27


         *       *      *      *
愉しく読むために読者への手引き
ネットマガジン『知の木々舎』を愉しくお読みいただくための手引きをご案内します。

発行回数・月に2回(上期・下期)ネットマガジンを発行します。
カテゴリー・記事の分類です。
「もくじ」・「執筆者紹介」・「代表玲子の雑記帳」・「心の小径」・「文芸美術の森」・「ことだま五・七・五」・「雑木林の四季」・「ふるさと立川」・「核無き世界をめざして」があります。
もくじ・ネットマガジンの号数・編成期(×月の上期・下期の別)を表示し、その下に最新の記事のタイトル・見出しが URLをカテゴリー別に掲載しています。
それぞれ記事のURLをクリックすると、記事の本編にジャンプできます。
通常は、この方法で読むのが便利です。
執筆者紹介・執筆者の氏名・肩書きをはじめ、略歴を紹介しています。

いろんな読み方
(A)もくじから記事を選ぶ
それぞれの記事見出しの下にあるURLをクリックすると、記事本編にジャンプします。

(B)カテゴリーから記事を選ぶ
画面左上にある各カテゴリー(右にある数字は、収納されている記事の本数)をクリックすると、そのカテゴリーに属する記事が降順(最新の記事から古い記事への順序)で表示されます。その中から、記事を選び出します。

(C)検索ボックスを使う
1.特定の執筆者の記事を探す
検索ボックスに執筆者の氏名を入力して検索すると、その執筆者の記事が降順で表示されます。執筆者の氏名を入力する際は、執筆者名簿に記載してあるとおりに入力して下さい。(例・「青木 久」を「青木久」と入力すると正しく表示されません)
2. 特定の語彙(語・熟語・キイワード)から記事を探す
      入力した語彙を含む記事がすべて表示されます。

(D)ネットマガジンのTOPに戻る
     カテゴリー欄のもくじをクリックする
     画面右上の「ブログトップ」をクリックする。

(E)写真を拡大して見る
その写真をクリックすると、拡大できます。その写真下の空色のタイトルをクリックすると、元の大きさに戻ります。

お読みになったら、ご意見・ご感想をぜひお寄せ下さい。
記事が終わった後に「コメントを書く」という欄があります。そこへ記入してくださればよいのです。より良い『知の木々舎』にしていくために、みなさまのご意見を下さい。

nice!(0)  コメント(0) 

フェアリー~妖精幻想 №98 [文芸美術の森]

 仮面劇、シェイクスピアバレエ、オペラ

                    妖精美術館館長  井村君江

ベン・ジョンソン作仮面(マスク)劇『妖精王子オベロン』

 十七世紀のイギリス宮廷では、王や貴族を歓迎する式典のためのページェントや、宴会席上の余興として仮面(マスク)劇が盛んに行われていた。
 耳で聴くセリフや詩よりも、目を楽しませる壮麗な舞台、奇抜な装置、豪華な衣裳が目をひき、次々と変化する場面を展開する、いわばスペクタクル劇が好まれた。
 舞台装置家であったイニゴ・ジョーンズ(一五七三~一六五二)は、イタリアで建築を学んで帰ると、ジェイムズ一世の王妃アンのお抱えとなり、特に劇作家ベン・ジョンソン(一五七二~一六三七)と組んで仮面劇を演出し、機械仕掛けやからくりの趣向をこらして華やかな舞台を作っていた。
 『妖精王子オベロン(一六一一)は、ベン・ジョンソンは皇太子プリンス・オヴ・ウエールズであるヘンリー王子を歓迎する祝宴のために書いたもので、ジェイムズ一世が外交官たちを招いての迎賓館の宴席で上演された。主題はアーサー王からジェイムズ一世までの歴代の理想の支配者を、オベロン王のフェ(フェアリー・ナイト)が祝福する一種のスペクタクル劇である。
 イニゴ・ジョーンズの考案による装置の絵が、デヴォンシャー・コレクションに保管されているが、劇のト書きに指示されたように、全景が広がると、「正面に輝く華麗な宮殿が現われる。その門も壁も透き通るように描かれ、その門の前にはシルヴァンが木の葉の衣服を着て、手には棍棒を持って眠っている」というような、岩間の城郭になっている。
 イニゴ・ジョーンズが描いたオベロン王は、白い羽根飾りのついたカブトに、金銀の胴着とヨロイをつけ、彫像の施された半長靴をはいた姿のデザイン画であり、なにかローマ白帯のコスチュームのようである。
 オベロン王はトランペットがひときわ高く吹き鳴らされるなか、三匹の熊に曳かせた車に乗り、三人の森の精を従えて登場してくる。
 森の精たちはじつにさまざまであり、ほとんどが半神半獣で、サチュロス、シレーメス、シルヴアン等バッカスの従者である。登場する「フェ」と「エルフ」はその当時女性の姿をとったらしく、また「フェはいつも輪になって踊り、その輪の中心にはオベロン王か、マブか、身分の高い者」が立っていたという説明がある。踊りと唄の賑やかな幕切れは、祝宴にふさわしい大団円である。
 ギリシャ神話の森の精(ときに酒神(バッカス)も登場したが、酒宴にふさわしい搭乗者であるといえる)や妖精たちの超自然の生き物たちの登場の仕方は工夫され、機械仕掛けによって、中舞台天井の「天国」と呼ばれる穴からクレーンで下げられたゴンドラに乗って下りて来たり、雲を形どった仕掛けの中に立って舞台を横切ったり、舞台空間を自在に使っている。わが国の歌舞伎のケレンや宙乗りのように、十七世紀の仮面劇でもこの工夫が、演出家の腕の見せどころだったようである。


『フェアリー』 新書館

nice!(1)  コメント(0) 

にんじんの午睡(ひるね) №45 [文芸美術の森]

娘の命日

                       エッセイスト  中村一枝

 また今年も娘の命日がきた。11月30日。当時の親友二人が今年もお参りに来てくれるという。50年も前の、昔の友だちだ。とうに50を過ぎた彼女たちの変わらぬ友情と若さに驚いている。えりかちゃんは生まれた時に隣同士で、赤ん坊の時からの親友、いわば姉妹(きょうだい)のような仲だ。あっちゃんは小学校の時からの仲良し、家も近いせいもある。よく一緒にあそんでいた。娘の残した日記にはいたるところにあっちゃんが出てくる。えりかちゃんは学年が違っていたし、あっちゃんは中学になると私立へ行った。ともだちはどこでも一緒といううものでもないらしい。ふたりとも心の友ということにはかわりはない。その二人がとても魅力的な女の子(?)なのに未だに独り者というのも不思議である。10月の末というのはだいたい穏やかな秋日和がつづく。娘の死んだ年もそうだった。母親にとっては、いつまでも娘を忘れずにいてくれる二人の存在はとても嬉しいものだ。
 じつはもうひとり、娘が亡くなって初めて気づいたともだちもいる。娘はどちらかといえばしっかり者で、わたしなどはひそかに頼りにしていた。死んだ後で話をきくと、とても気配りのできる、優しい子だったという。確かにそれはあったかもしれないが、親としては親の言うことを聞かないわがままの方が先行していた気もする。というのも父親が娘を溺愛していたし、わたしは親のくせに恐れを感じていたのだ。親子というのはどこでもそうだろうが、分かり過ぎてかえって肝心のところを見落としているのかももしれない。もうひとり、塾に一緒に行っていた友人などは、娘が死んでから初めてその存在を知ったのだから、親が子供をどこまで理解しているかなんて全く怪しいものだ。
 娘は20代の半ばに、神経症、もしくは分裂症と診断された。親としてはショックだった。今はどんな病気も研究が進んで、いろいろの対処の方法があることもわかってきたが、当時はわたしも夫もショックの方が大きかった。甘やかして育てたと言う負い目、その病気への無理解・・・、今思うと残念でしかたが無い。最後の時、「ママのトンカツを」と言ってくれたその言葉を何度思い出しても涙が出る。いまさらどんなに悔やんでも帰らない娘のためにも、その友人たちと楽しい1日を過ごしたいという思いである。生きていくというのはとてもつらいことをがまんしていく、そんな積み重ねではないかと思っていると、「今更何言ってんのよ」という娘の声が聞こえる。楽天的で呑気な親を持つと大変なんだよ。。。。。
 昨日娘が通っていた通学路を通った。娘のいた頃と全く同じ風景。わざわざその狭い電信柱と道の間にしゃがみこんでみる。楽しそうにおしゃべりしている。反対側にはいくらでも空間があるのに、そのひっついたざわめきがとてもなつかしかつた。娘の命日には、私の得意なカレーライスと決めた。

nice!(1)  コメント(0) 

渾斎随筆 №22 [文芸美術の森]

奈良美術に就て

                            歌人  会津八一

 趣味といふ物を世人の中には外から附加へる事が出来るかの様に思ふ者が多い。金が溜ったから多少趣味を有たねほならぬとか、又紳士として趣味がなくてはならぬというて、書、謡曲、撞球等に入門してこれらを自分の飾りか何かにしようと思ふ人が少くない。「沐警して冠す」と言ふ言葉の如く、この種の趣味と言ふものは風が吹いても冠が飛ぶかも知れぬ。私等の観る處では人間には趣味を持ち得る性質が自然的、本質的に具はってゐる。のみならず、吾々は複雑性を有してゐるだけに、相当に多趣味であり得る素質があると思す。私は随分雑多な趣味を持って居る一人として、所謂心ある人からは或は冷笑の的となるかも知れぬが、却て之が人間としての本来の姿でないかと思ってゐる。
 然し遺伝は遺伝、天性は天性としても個人は何處までも一個人である。其内に己に於て始めて見出し得る何ものかを含まなければ、自然界に於ける進歩の理法にも悖(もと)り、一個人としても恥づ可きものではなからうか。教へられた通り美術、音楽、演芸等を習ひ了せたとしても、教へられたそのまゝでは情けない。其を指して生きた人間の生きた趣味とは言ひ兼ねる。
 さし当って趣味的に何を考へてゐるかと言はるれば、私は奈良美術を以て最も興味を感ずるものの一であり、趣味の生活内容としてゐるのであると御答へしなければならぬ。
 奈良美術と言ふと若い人には、ア、叉古い話かと思ふ人が多いかも知れぬが、然し世界美術史の中、最も華々しいギリシャ彫刻末期の活動が、アレキサンダー大王の東征と共に印度に影響を及して佛教美術の上に非常な刺激を與へ、其が又支那に傳はり、或は間接に朝鮮から或は直接に支那から日本に傳はり、吾大和民族が始めて此世界的の芸術的活動のカーレントに興奮して美術的活動を興した。それが奈良美術であると言ふ意味から、今一度それを見なほしたならば、まんざら見逃す訳には行くまい。
 明治の早い頃伊太利のフェロノサ氏が、日本人よりも率先して奈良美術の難有さを日本人に説いたのも之だ。又最近佛大使のクローデル氏が吾々の写した写真を見て、日本の奈良にこんな彫刻があるのかと言うてわざわざ奈良迄見に行かれたのも其為であると思ふ。
 昔の日本人は儒教に封する信仰から、真正面より佛像を禮拝して其難有さも美しさも同時に感じたらしい。然し吾々としてはそれ程の信仰はないから、側面より見て此像が何程美しくあり得るかを、今一段見なほす餘地があるかも知れぬ。叉遠くギリシャの事を考へても、昔は肉體を完全な彫刻に濃厚な色彩を施して民衆はそれを讃美した。然るに二千年餘りの歳月の為に、色は剥げ、像は砕け、眞白な大理石の頭許り、或は胴許り、戒は手足許りの彫刻をする人が出て、近代人はそれが彫刻そのものの本来の週間であるかの様に思ふ人さへ多くなった様であるが、朗らかな気持ちで遠い昔と遠い未来とを、見渡し得る少数な人々の気持ちから言へば、ロダン等のやり方は彫刻としての或変則的な一例であって、彫刻には悠遠な広い天地が別に存在する事を私等は信じてをる。そして其信念は奈良美術の研究から得てゐる。なぜかと言ふとギリシャの彫刻に於けるが如く、日本の奈良の彫刻も殆ど凡て最初は何等かの色彩を帯びて居った事を知って居るからである。然るに今日の大理石の彫刻石膏像になれた人は、私の彫刻色彩論を聞いただけでも沸然として芸術の神聖を害された様な単純な抗議を申出るかも知れぬが、それは目の前の御手本に捕はれて美術そのものの本来の精神を了解してゐないからである。私は十数年来奈良美術の美しさと其価値とを充分玩味し、又之を世人に宣博する事には多少努力して来たつもりである。最近一人の写真師を捕へて私の思ふ存分の方向から、思ふ存分な部分を撮影させてもう既に千種餘りの写真が出来てゐる。之はクローデル氏を感服させた種類のもので、巴利の有名な美術商にも売捌かせる事にしてある。いさゝか東洋美術の為に気焔を吐き得るかと信じてゐる。
 私の趣味は佛教美術に限る訳ではない。然し如何なる趣味のデパートメントに私が馳せても、私のオリジナリティと私のキャラクタリスティックスが没却されない様にして、始めて其虚に趣味と言ふ言葉が有意義に当はまると思ってゐる。


『会津八一全集』 中央公論社

nice!(1)  コメント(0) 

石井鶴三の世界 №129 [文芸美術の森]

当間寺・不動院 1967年/いそべ 1968年

                      画家・彫刻家  石井鶴三

1967当間寺.jpg
当間寺・不動院 1967年 (172×125)
1968いそべ.jpg
いそべ 1968年 (124×172)

**************  
【石井 鶴三(いしい つるぞう)画伯略歴】
明治20年(1887年)6月5日-昭和48年( 1973年)3月17日)彫刻家、洋画家。
画家石井鼎湖の子、石井柏亭の弟として東京に生まれる。洋画を小山正太郎に、加藤景雲に木彫を学び、東京美術学校卒。1911年文展で「荒川岳」が入賞。1915年日本美術院研究所に入る。再興院展に「力士」を出品。二科展に「縊死者」を出し、1916年「行路病者」で二科賞を受賞。1921年日本水彩画会員。1924年日本創作版画協会と春陽会会員となる。中里介山『大菩薩峠』や吉川英治『宮本武蔵』の挿絵でも知られる。1944年東京美術学校教授。1950年、日本芸術院会員、1961年、日本美術院彫塑部を解散。1963年、東京芸術大学名誉教授。1967年、勲三等旭日中綬章受章。1969年、相撲博物館館長。享年87。
文業も多く、全集12巻、書簡集、日記などが刊行されている。長野県上田市にある小県上田教育会館の2階には、個人美術館である石井鶴三資料館がある。

『石井鶴三素描集』形文社

nice!(1)  コメント(0) 

ロシア~アネクドートで笑う歴史~ №94 [文芸美術の森]

開放的なダイアローグ

                  早稲田大学名誉教授  川崎 浹

 アルメニア放送に凝縮された政治アネクドートが質問と回答の二項対立的ダイアローグに見えながら、じつは閉鎖的なモノローグに近かったのにたいし、新ロシア人アネクドートはおおっぴろげな開放的なダイアローグである。したがって、一つのアネクドート自身、対話的だが、多数のアネクドートがあたかも連歌のごとくつながっていく。

 秘書が上司にいった。
 「控え室でみなが社長を待っています」
 社長がびっくりして尋ねた。
 「ジャーナリストかやくざ(レケチール)か」
 「税務の監査官たちです」
 「あなたはすでに私のことをあなたの社長に伝えたのでしょぅね」
 秘書に税務監査官が尋ねた。
 「社長は一時間後に戻ってきます」
 「どこへ行ってしまったんですか」
 「家族に別れをつげに行ったのです」

 「あなたは国家から自分の収入の大部分を隠そうとするのですか」
 新ロシア人に税務署員がいった。
 「私には責任ありませんよ。あなたの〈収入〉欄の記入場所がひどく少ないうえに、全部のゼロを記入する空白がなかったのですからね」

 新ロシア人にたいして裁判がおこなわれた。裁判官がいう。
 「被告、あなたが最後にいいたいことは?」
 「一〇万でどうです!」

 新ロシア人に一時的に新しい簿記係が必要になった。
 「私にはたいへんきちんとした候補者がいるのですが」と支配人がいった。
 「ただかれはまだ半年はど坐っていなければならないので」

 「坐る」といえば共産主義の時代から刑務所に入ることを意味していて、その意味は現在でも変わっていない。しかし、同時に彼らはカジノにでかけたり、旅行を楽しんだりしている。いまやロシアと縁のふかいギリシャ(ロシア正教の源流)やイタリア、スペインだけでなく、ハワイにまで足をのばすようになった。

 バカンスを過ごした新ロシア人どうしが話をかわす。
 「カナリア諸島でくつろいできたよ。ところで、君はどこへ行ってきた」
 「まだフィルムを現像してないので、正確には思いだせないな」 


『ロシアのユーモア』 講談社選書

nice!(1)  コメント(0) 

往きは良い良い、帰りは……物語 №65 [文芸美術の森]

往きは良い良い、帰りは……物語  (こふみ会)
その65    TCCクラブハウスにて
『霜の声』『レモン(檸檬)』『嚏(くさめ))』『海猫(うみねこ)』
                                         コピーライター  多比羅 孝

◆◆平成30年10月29日◆◆
当番幹事(大谷鬼禿氏&田村珍椿氏)から案内状が送られて来ました。

65-7.jpg

* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ** * *
  「十一月こふみ会」のおしらせ                           幹事=鬼禿・珍椿
前略  先月『鎌倉吟行』ご苦労様でした。 その折り、今月の幹事の指定を忘れましたので、今回は僭越ですが、鬼禿と珍椿が引き続き幹事をさせていただきます。
猛暑だ、颱風だと云ううちに十一月七日は「立冬」。今回は冬の季語で四句作って頂きます。ふるってご参加ください。
尚、昼食は用意いたします。酒・飲み物の差し入れは歓迎です。
景品は3点(計1000円程度なるべく食品)ご用意ください。
●期日=十一月十一日 (日)午后一時より
●会場=表参道・東京コピーライターズクラブ
          (TEL. 03-5774-5400 渋谷区神宮前5-7-15 TCC)
●会費=1500円の予定
●兼題=【霜の声】
   寒夜しんしんと霜が降る気配をいう
   『母亡くて 寧き心や 霜の声』 波郷
 兼題=【レモン(檸檬)】
       『レモン割り 搾るや風邪の 弱力』 烏頭子
●出欠の連絡は必ずメイルでお願いします(11月5日迄)
 今回の連絡先 ≪矢太≫岩永嘉弘 <info@roxcompany.jp>
              cc≪鬼禿≫大谷博洋 <h-otani@amber.plala.or.jp>
* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

これを受けて私・孝多は下記のようにFAXで返信しました。

65-8.jpg

  こふみ会 十一月幹事様
   ご案内有難うございました。 
  出席致します。よろしくお願い申しあげます。
   兼題のひとつは「霜の声(聲)」ですね。白川静著・平凡社の『常用字解』によれば……
  「聲」は「殸」と「耳」を組み合わせたもので、「殸」は吊した石の楽器を殴(う)ち鳴らすこと。耳に聞こえるその音が「聲」。
   つまり、「おと」「ひびき」。それがもとになって、やがて「ひとのこえ」「うわさ」にもなりました……とのこと。
   今は「声」だけですけれど。
   
   では当日(十一月十一日)皆さんにお会い出来るのを楽しみに致して居ります。   草々                             

             平成三十年十一月四日    孝多

* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
軒外氏からは下掲のとおりです。例によって素晴らしい返信!

65-1.jpg

* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

◆◆さて、当日(11月11日)はと言えば……◆◆
参加者11名。各自、お好きな席につくと、幹事によって張り出されました。
本日の兼題と席題。ご覧のとおりです。

65-3.jpg

でも、≪おっとっとお≫です。「海猫」。
兼題のひとつ「レモン」は(輸入によって一年じゅう店先に見られるもの、つまり、季節不問という面もありますけれど)「柚子・ゆず」や「酸橘・すだち」との関連で、多くの歳時記に載っているとおり、「秋」と特定しても差し支(つか)え無いでしょう。通年であると同時に、です。しかし「海猫・うみねこ」となりますと、ちょっと違うようですね。
「春の」とか、「秋の」とか、「冬の」とかと付かない限り、「海猫」は断然として「夏」のものです。ためしに「夏の海猫」としてみたら、どんなに阿呆らしく、間の抜けた表現になってしまうことか。「海猫」は「夏」のものに決まっているのです。
ですから逆に、「春の」とか「秋の」とか「冬の」とかを付ければ「海猫」は生まれ変わったような新しい意味合いと、力(ちから)を発揮するようになる、という次第です。
夏の季語として定着し、どの歳時記にも「夏」と出ている「海猫」を、私たちは今回「冬」として詠むことになったというオハナシ。(幹事さんからの案内状にも「今回は冬の季語で四句云々」と明示してあります。)
★でも、誰も、このことを気にしていなかった様子です、まあまあ、そんなにオカタイことは云わずに……。楽しみましょうよ、というところでしょうか。
★私も何も言いませんでした。気付いた人もあったでしょうが、その人も黙して語らずでした。

◆◆しかし、何という偶然か、角川の月刊誌『俳句』12月号で……◆◆
特集したのです。座談会「歳時記の過去・現在・未来」。
記事にして16ページに及ぶこの座談会のメンバーは片山由美子さん、長谷川櫂氏、そして神野紗希さんのお3方。神野さんは『これから始める俳句・川柳・いちばんやさしい入門書(池田書店)』を、我らが闘士・水野タケシ氏と、共著でものされた新進俳人。
お3方の意気が合って、素敵な座談会。中でも印象的だったのは「文学的な朝顔と科学的な朝顔は別」という見出しと、それに続く片山さんと長谷川氏の言葉。ショックでした。少し長くなりますが、ここに引用します。

* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
●文学的な朝顔と科学的な朝顔は別
≪神野≫ 歳時記は文学的なことだけではなくて、民俗学、天文学もあるし、地理的なものも入ってくるし、たくさんのジャンルにまたがっていますからね。
≪片山≫ でも、百科事典ではないから、科学的な事実を客観的に書けば歳時記の解説になるかというと、そうではない。そこをどう擦り合わせるかが難しい。
≪長谷川≫  今、片山さんが言われたことはとても重要です。ふつう歳時記の解説は、科学的なことと文学的なことを分けずに一本で書く。これをやる限り、例えば解説で「朝顔は梅雨のころ、つまり夏のころから咲いているが、秋の季語である」と書かなければいけない。しかし、これが普通の人にはとてもわかりにくい。だから、文学的な朝顔と科学的な朝顔は全く別だということをはっきりさせたほうがいいということで、「ネット歳時記」では分けてあります。科学的見解は植物学の先生に解説をお願いしました。「これは夏の半ばごろくらいから咲き始めて……」と書いてある。文学的な見解は俳人が書いています。「朝顔は秋の季語で、露のようにはかないという本意がある」と。
* * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

凄いですね。ガーンと一発、なぐられた思いがしました。
こふみ会の私たちは、先きほどの「冬の海猫」を真剣に、そして愉快に、もっともっと、語り合うべきだと痛感しました。
歳時記とは何か。歳時記から本当に自分の栄養になるものを吸い取るためにはどうすればよいか、それを考えることが即、自分の俳句を考えることになるのではないかと思いました。
『俳句』12月号が発売されたのは、11月25日。11月のこふみ会が行われた2週間後のことでした。「めぐりあわせ」ですね。

◆◆句会と言えば酒と肴で……◆◆
今回も当日(11月11日)お開きになったのはこの時期、まだ明るいうちなのですが、ヒルヒナカ、作句しながらクラブハウスで飲んだ『八海山』の美味(うま)かったこと!うっとりするほど!弥生さんの差し入れなのです。有難うございました。

65-2.jpg
銘酒・八海山

幹事の鬼禿氏が持って来てくれたのはインドの缶ビール。ブランドネームは、確か「青鬼」。
感謝。勿論、初めて。爽やかな味に驚きました。  ゴクゴクゴクッ!

65-4.jpg
有職の「彩りばら寿司」

肴(弁当)は幹事さんのお気に入り、赤坂の(株)有職製の「彩りばら寿司」。でもヘンだなあ。寿司折りの包装紙や箸袋に印刷されている「有職」のロゴの脇に、ローマ字でYUSHOKUとあるのです。
おかしいなあ。耳ではなく、言偏で「有識」、その読みは「ゆうしき」、と言うのもアリ、と辞書にも出ていますが、これはあくまでも別な意味か、例外。ふつうは耳偏の「有職」「ゆうそく」ですよね。ローマ字で書くならYUSOKU。
株式会社有職は、故意に、読み方の例外を社名にしたのかしら。製品の寿司は味も見た目も良く、米と具のバランスもナイスで、全体の量も箸当たりも非常に好ましく、伝統を重んじ、ならわしを守るように出来ているのに……。その基本となる「有職故実(ゆうそくこじつ)」には関係ナシ、なのかなあ。
一度、幹事さんに聞いてみようっと。

◆◆さあて、さてさて……本日の結果発表です◆◆
いつものように、投句、選句、披講と進んで、各人の点数が正の字によって記録、計算されて、いよいよ結果発表で~す。係が声を張って……

◆本日のトータルの天は~54点の弥生さ~ん!断然トップ!パチパチパチッ。
代表句は「大嚏 してふとなごむ 午後のバス」

◆トータルの地は~30点の孝多氏!パチパチパチッ。
代表句は「くさめして 私が私の 相手です」

◆トータルの人は~28点の虚視氏!パチパチパチッ。
代表句は「逢うは苦 逢はぬも苦なり レモン嗅ぐ」

◆◆トータルの次点は~23点の美留さ~ん!パチパチパチッ。
代表句は「レモンスカッシュ 予備校帰りの 逡巡」

65-6.jpg
左から地の孝多、天の弥生、人の虚視、撮影=軒外。(敬称略)

パチパチパチッ! 皆さん、おめでとうございました。これにてお開きですが、来月は師走・忘年句会ですよね。幹事さんはどなたになりますか。いずれにせよ、会からの援助「特別予算」を用意することに致します。楽しくやりましょう。あとは幹事さんにお任せ!パチパチパチッ!では皆さん、お元気に。(孝多)
                                    第65話 完

        
65-5.jpg
天位に贈られる短冊。11月も賑やかでした。「全句」は下記のとおりです。
                                                    
=====================================
     第587回 こふみ会・全句
          平成30年11月11日      於 TCCクラブハウス

◆兼題=霜の声        順不同
音も無く もの思えばただ 霜の声       孝多
人肌の 優しさに聴く 霜の声                   美留
刻々と 闇を貫く 霜の声                        舞蹴
霜の声 高圧線の 微動せり                     矢太
眠られず 霜の声聴く 午前四時                珍椿
別床の ふたりそれぞれ 霜の声               鬼禿
星翼 広げ尖塔に 霜の声                       茘子
枕辺に 霜の声聞き 夜の嘘                     軒外
夢に会ひて 覚めれば独り 霜の声             弥生
夜明かしの 窓開けて青い 霜の声             一遅
久々の 便りは訃報 霜の声                     虚視

◆兼題=檸檬(レモン)     順不同
青レモン ガリリと噛む 智恵子の青空          鬼禿
ゼームス坂 檸檬かじって 逝った女(ひと)   軒外
逢うは苦 逢わぬも苦なり レモン嗅ぐ           虚視
画集の上に 檸檬をひとつ あの人に            弥生
乙女らは 檸檬の乳房 アンドゥトロア            茘子
庭のレモンの木 今年は三つなり                 珍椿
凛として 檸檬ひとつ 青い皿                     舞蹴
病室の 檸檬黙して 主無く                       一遅
レモンスカッシュ 予備校帰りの 逡巡           美留
レモン絞(しぼ)ろ もうすぐ魚が 焼けるから    孝多
レモン噛る 観覧車は 動かない                  矢太

◆席題=嚏(くさめ)      順不同
あくびして くさめなどして 日は暮れぬ           虚視
雨の夜は 嚏相手に 一人酒                     茘子
大嚏 してふとなごむ 午後のバス                 弥生
くさめして 私が私の 相手です                  孝多
畳の目 かぞえて 嚏一つ                          珍椿
くさめひとつ 熱燗を持つ 所在無さ               一遅
学生服で 嚏した母の死                             軒外
「好きです」と 言はれし直後 大嚏                 鬼禿
未熟児の 嚏に怯ゆる 母なりき                   美留
見栄張って だての薄着に くさめする             舞蹴
くさめひとつ ひとよひとよの ひとりごと           矢太

◆席題=海猫          順不同
海猫の 飛び来る町や 旅の果て                    一遅
海猫め ぬけ目なく餌を 取りやがり                 珍椿
海猫が 鳴くよ我らは 酌(く)み交わす              孝多
海猫の 乱舞鳴き声 まねてみる                     弥生
海猫は 涙恋旅 別れです                            茘子
明日の定(さだめ) いつも群れ飛ぶ 海猫に聞け  軒外
海猫は 波頭の記憶の 中へ飛ぶ                    矢太
海猫が 知らせる便り 夫(つま)帰る                 舞蹴
浄土ヶ浜 海猫パンを 掠(かす)め去る              美留
海猫の 声聞くだけの 旅に出る                       虚視
栓抜けば 遠く海猫の 声する                         鬼禿

                                    以上11名44句

nice!(1)  コメント(1) 

正岡常規と夏目金之助 №5 [文芸美術の森]

      子規・漱石~生き方の対照性と友情 そして継承 
              子規・漱石 研究家  栗田博行(八荒)
「時代が人間性のあり方にどの様に関わって行くのか、これからの展開に興味があります。」というお声をいただきました。図星でした。与えられた名と生まれたクニと生きた時代が、どうその人の生涯に影響するか・・・夏目金之助君に垣間見た見たことを、今回は正岡常規君の場合で見てゆきます。
 
  第一章 慶応三年 ともに名家に生まれたが Ⅱ
  ほととぎすを名乗ったこと  子規の出自と生い立ち①
 
子規=本名・正岡常規は、慶応3年9月17日、現在の愛媛県松山市の城下の町に武家の長男として生まれ、常規と命名されました。父隼太尚方は34歳。「松山藩御馬廻加番」という役まわりの中級武士でした。(八注・金之助は同年の1月5日)。
5-5.jpg

  母八重は22歳。大原観山という松山藩の尊敬された儒学者の大家族の長女でした。隼太は再婚、八重は初婚でした。隼太と先妻の間には早逝した男子がありましたが、そのことは子規はほとんど知らずに生涯を送ったことでしょう。正岡家のただ一人の男の子・嫡男として育てられていきますが、夏目家の5男として生まれ金之助と名付けられて育っていった漱石と、その点際立って対照的です。
  誕生の一月後に大政奉還、満一歳になるまでに王制復古、鳥羽伏見の戦い、明治への改元、江戸の東京への改称など歴史上のエポックが続きます。慶応三年に生まれた子規と漱石はまさに同時代人でした。
  もちろん本人は無自覚ですが、正岡家は大きく影響を受けます。松山藩は德川親藩で、維新に際しては朝敵側であり、土佐藩の占領下におかれたりしました。正岡家も、維新がもたらす転変の中で没落していった士族の家系でした。加えて満2歳の時、家が火事を出し全焼。5歳の時には家督相続した直後に父隼太が死亡、という風に一家には大変なことが続きました。
  ところが、この子規=本名・正岡常規という人物の成し遂げたことには、そのような生い立ちのなかでくぐった幼児期の人生苦が、不思議なほど影を落としていないのです。例えば、
 
                    春や昔 十五万石の 城下かな 明治28年

よく知られた子規の代表句の一つですが、伊予松山の春の明るさとぬくもりが、平凡なくらい素直に伝わってきます。あの、決死の覚悟で臨んだ日清戦争従軍行の待ち時間に、チョット松山に立ち寄った時に詠んだ一句にかかわらず・・・

  維新の賊軍になり、土佐藩の占領下に置かれた松山藩の没落士族の嫡男で、家の全焼も父の早逝という不幸も経験して育った・・・そんな出自と生い立ちから落ちかかりそうな影が、全く感じられない句柄となっています。漱石とこの点でも際立って対照的です。
  子規のふるさと詠をもう少し見てみますと
            故郷や どちらを見ても 山笑ふ   明治26年
                        故郷は いとこの多し 桃の花   明治28年
                                      鯛鮓や 一門 三十五六人   明治25年
5-6.jpg
全てこんな調子なのです。書き止められている事柄が、なにもかも、明るく暖かでやわらかい空気にくるまれている感じですね。(八注・上の写真が彼の人生最初の記念写真です。実はちょんまげを結っています。)
 
   「坂の上の雲」の語り始めで、司馬遼太郎さんがこんなことを言っています。
 5-7.jpg   子規は明治二十八年、この故郷の街に帰り、 
              春や昔 十五万石の城下かな
 という句をつくった。多少あでやかすぎるところが難かもしれないが、子規は、そのあとからつづいた石川啄木のようには、その故郷に対し複雑な屈折をもたず、 伊予松山の人情や風景ののびやかさをのびやかなままにうたいあげている点、東北と南海道の伊予との風土の違いといえるかもしれない。
 
  確かに司馬さんの言われる通りなのです。見上げればお城が目に入る松山の町で、瀬戸内の風光にたっぷり包まれて彼は育ちました。さらには、母八重と妹律という「女性的なるもの・母性的なるもの」(八注・大江健三郎さんの言葉)に、いつもくるまれて育ちました。その上、一門 三十五六人というような大家族集団(親戚)の中で、「正岡の跡取り」として大事にされて育ちました。この点でも、夏目家五男として生まれた金之助君とは全く対照的だったのです。
5-8.jpg それらのことは、物心つく、0歳から、5~6歳にかけての成長期に、この男の子のこころの中核(気質)を形作ったに違いありません。それは、以後常規君が生きていく全過程(生涯)にわたって土台として働き続けたことでしょう。ご紹介した子規ふるさと詠の明るさと暖かみはそのことに由来すると言っていいでしょう。

 しかしです。これらの最短詩の言葉で人を惹き付ける力が、それだけに由来すると言ってしまえば、幼年期の生育環境がすべてを決めるという話になってしまいます。人間の成長と生涯の達成が、そうは単純にいかないものであることは、人間についての常識といってもいいかと思います。

  この男の子もまた、続く少年期・青年期・壮年期…結局は全生涯にわたって、幼年期に獲得した明るく人なっこい気質を、歪ませたり喪失したりしかねない人生の試練に、数多く出会ったのでした。しかし、そのつど彼は逃げることなくそれに正対し、正視して取り組み、短時間でそれをこころの中で解決し、前進の契機としたのでした。むしろそのつど幼年期に獲得したあの気質を、強化していったのです。そして結果的には、単純一直線とさへ見える前向きな生き方を生涯にわたって貫いたのでした。
  その機微が、引用してきた子規ふるさと詠からも読み取れるのです。この4句、実はいずれも明治22年5月の「大喀血」以降に詠まれているのです。  
 
   春や昔 十五万石の 城下かな  明治28年

            故郷や どちらを見ても 山笑ふ  明治26年
                        故郷は いとこの多し 桃の花   明治28年
                                      鯛鮓や 一門 三十五六人   明治25年

 「喀血」は、満年齢では22歳に満たない時の体験でした。幼年期に獲得した明るい気質に少年期の元気を加えて意気軒高と日を送っていた明治の若者が、人生で初めて自身の「死」という問題に直面したわけです。4句は、いずれもそれを経た目と心から詠み出され、子規の名で世にも出されているのです。

 子規と名乗るまでに、どのような心の経過があったのでしょうか・・・
       それを見ていくため、いったん回り道をするのをお許しください。
 
5-1.jpg 左は有名な子規自筆の墓碑銘原文です。彼はこの108文字の中に自分の生涯の重要なことは全部入れつくしたとして、これを託した友人に
 「コレヨリ上 一字増ヤシテモ 余計ジャ」
            とまで豪語しています。
 明治31年7月13日の夜、思いついて一気に筆を走らせて書き上げたのですが、実際には命を終えるまでの残りの4年2ケ月の間に、筆者(八荒)からすれば書き足したくなるような大仕事を次々と達成しています。
 この時期、俳句の革新をほぼやり遂げた実感からこんなことを言ったのかも知れませんが、このあとすでに着手していた短歌革新をやり遂げます。
  そして、続けて文章の革新に取り組み、近代散文の基礎作りに着手。具体的には「山会」という文章の研究会を始めたのです。司馬遼太郎さんが、「子規は、文章にはヤマが要る」という素朴な断言からこの会を始めた・・・と吹き出しそうな笑顔で筆者に語ったことがありました。 
 それぞれ書いてきた文章を持ち寄り、朗読し合って、写生の目で捉えられているか、その文章にはヤマがあるか、というようなことを論じ合ったのです。寝たきりの病床の枕もとで、集まってきた虚子碧梧桐たちとともに・・・

  漱石の処女作「吾輩は猫である」は、虚子がこの「山会」に文章を出すのを誘ったことから生まれた作品でした。すでに子規は没ししていたのでしたが・・・

5-2.jpg 六尺の病床から子規の成し遂げた日本文学の近代化とは、大づかみに言って、伝統の中で定着した既成の観念や美意識を離れて、ものごとを裸の目=写生の眼=で感じ取り、認識し、自由に表現してゆく・・・ということでした。始まった明治という近代の国家社会生活の中で・・・

  郷里の後輩の気分から私(八荒)が、「ノボさん、アレからやり遂げたせっかくの大仕事のことが入っておらんゾナ」と冥界の子規に声をかけると、「要らんこと言うな。」と叱られることでしょう(笑)。
  実は、これを記したあとの4年2ケ月の間にこの人がなし遂げた、日本人にとって重要な大仕事は、右の名前の列挙の中に結果的にはすべて込められているのです。
  最晩年の、写生文にして近代随筆の創始とも言える「墨汁一滴」「病床六尺」は、書き出しの本名・正岡常規から採った「規」の名で発表されています。「又ノ名ハ子規又ノ名ハ獺祭書屋主人又ノ名ハ竹ノ里人」という雅号の列挙の中には、臨終まで作り続けた俳句と俳文(子規)・俳句を中心とした文学評論と俳句分類(獺祭書屋主人)・短歌実作と短歌を中心とした日本文学論(竹ノ里人)という風に、筆を走らせたあの夜以降の文学的達成のすべてが、結果として入っているのです。(八注・獺祭〈ダッサイ〉書屋主人=カワウソのお祭りの魚のように本を身の回りに散らばしている書屋の主人)
 なぜそうなったか? 実は偶然の結果ではなく、確信にもとづく必然だったと言えるのです。
 
  これを記した9年前、明治22年5月9日の夜、第一高等中学校本科2年生だった正岡常規は、激しく喀血します。旧松山藩の育英事業施設「常磐会寄宿舎」の一室でのことでした。翌日結核と診断されます。明治のこの時代、結核は死病でした。その診断を受けた夜も喀血は続きますが、その夜の1時くらいまでの間に、彼は「時鳥」を題材にして俳句を四~五十句を作っています。
 
              卯の花を めがけてきたか  時 鳥
                            卯の花の 散るまで鳴くか 子規
 
  今に残っている二句です。2句目の結びの子規=5音で読めば「ほととぎす」が、のちに彼の生涯を代表するペンネームとなりますが、これを詠んだ瞬間の明治の文学青年正岡常規には、まだその気持ちはなかったでしょう。
5-3.jpg 2句は卯年生まれの自分を、「鳴いて血を吐くほととぎす」に重ねて句を作り続けることで、自分に訪れた事態の衝撃を、取乱さず冷静に正視しようとした姿勢の最初の顕れです。
 この3日後に同級生・夏目金之助君が見舞いに訪れ、その帰りに診断した医師を訪ねて詳しい説明を聞き、正岡常規君が気を付けるべきことを懇切丁寧に伝えています。「漱石・子規往復簡」の始まりですが、これについてはずっと先のことになりますが詳しくお話しします。
 
  少年期から、書くものに合わせてペンネームを即興的につけて楽しんできた機知に富んだ青年でした。しかし、この体験を見つめ、血を吐く鳥を含意する「子規」を、自分に冠する名前とすることをこころの裡で決め、人に向け名乗る言葉にするまでには、実は少し、思念する重い時間が必要だったようなのです。この単純一直線に生きたかに見える日本男子にしても・・・

 ※ この回を 子規の出自と生い立ち① と副題して、幼いころからの成長を伝記的にお話しようと思っていたのでしたが、ほととぎすを名乗った青年期に話が飛んでしまいました。次回もこの続きとなるかと思いますが、お付き合いください。
  (漱石をお話しするときもこんな風になってしまいそうです)
      次回・今回の正岡子規のお話の続きです。12月16日(予定)です。

nice!(1)  コメント(1) 

日めくり汀女俳句 №23 [雑木林の四季]

月四日~三月六日

                  俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月四日

我が気勢知ると知らざると蛙の子
          「汀女初期作品」 蛙の子=春
 汀女は決してお行儀のいい優等生ではなかった。校庭を近道して走っていくのを教頭先生に見とがめられ呼びつけられて叱られた。若い娘が袴(はかま)の裾を乱し、はあはあ息を切らせて走っているなど、はしたないことだった。
 上級生になるとオルガン実習があったが、汀女は大の苦手だった。当時、音楽教師は「故郷の廃家」「旅愁」の作詞で知られる犬童球漠だった。ドレミドレミと汀女の指を押さえて間違いを直した。
   幾歳(いくとせ)故郷来てみれば
   咲く花囁(な)く鳥そよぐ風……
 私たちにも懐かしい歌である。

三月五日

春雪と芽木のささやき聞く如し
      『芽木威あり』 春の雪=春 芽木=春
 
雛を飾るのは楽しみだが、雛をしまう方はおっくうである。つい、しまい忘れて何日もたつことがある。昔は雛を早くしまわないと、娘が嫁き遅れるという言い伝えもあった。そのせいかどうか、今どき、娘たちは中々結婚しない。
 人形の顔を一人ずつ薄紙でおおい、除虫剤を入れる。別に意識して区分けしているわけではないのに、つい内裏雛が先になり、五人雌子は後まわしにしているのがおかしい。
 物言わぬ人形達の目はいつでも何かを語りかけてくる。〝来年又逢いましょう″なのか〝未年迄達者でいればいいね″なのか。

三月六日

春服(すんぷく)のはや丈のみは高き娘も
            『汀女句集』 春の服=春
 
女学生の制服は年々お酒落になっていく。それも三万から六万という高価さ、ここまでファッション性を追求するならいっそ自由にしてしまったらと思う。
 私が女学校一年の時は様々な制服姿だった。物のない最盛期である。お姉さんのお古のサージの制服を着た級友が何と贅沢に見えたことか。父親のモーニングのズボンを直した子もいたし、絣(かすり)のモンペに白い衿(えり)をつけた改良服もあった。
 素足に藁草履(わらぞうり)から、下駄(げた)ばきというのが圧倒的だった。運動靴に父のお古の靴下をはいて私は得意だった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


nice!(1)  コメント(0) 

猿若句会秀句選 №91 [ことだま五七五]

猿若句会特選句集  91(2018年11月17日)

                      猿若句会会亭  中村 信

 空也忌に何はともあれ南無阿弥陀仏   伊藤 理
 枯野より見る灯台の白さかな   大橋一火
 一筋の流れ残して滝枯るる   中村呆信
 ありなしの生けるものの気枯野原   丸本 武
 大枯野大の字に寝て空を抱く   内野和也
 何となく拾ひたくなる木の実かな   高橋 均
 何やかや先に延ばして小六月    児玉竹子

◆猿若句会十一月例会の特選句集です。例によって一句だけの短評から始めます。
[短評]  [空也忌に何はともあれ南無阿弥陀仏 理]。不思議な句が今月の最高点句に選ばれました。忌日俳句は難しいと言われるなかで作者を除くと過半数に近い四人もが特選句に選んだのが第一の不思議です。おそらく作者を含めて鑑賞者も、そう仏教に詳しいと思えません。しかし、「何はともあれ」と中七の普通では許されないような曖昧な措辞が。こと空也に限っては正鵠を得ているから不思議です。句意は述べるまでもないでしょう。繰り返しますが、こんな単純な句が特選に選ばれること自体が不思議なのです。強いて言えば、席題「何」を承けての句なので、即興句だと見ての評価なのかもしれません。作句の秘密を忖度しても始まりません。数ある初冬の忌日の中から選ばれたこの句の意味を乏しい知識の中から少々解説してみます。お役にたてば幸甚です。
空也は踊り念仏の祖であり、阿弥陀聖・市聖(いちのひじり)とも称せられました。名僧としてはメジャーでしょうが、名僧の中ではむしろマイナーかもしれません。醍醐天王の御落胤ともいわれ、没年も正確には分かっていません(注)。比叡山で受戒はしているが宗派には本人の意思により属していません。別に言えば超宗派だったこともその一因かもしれません。したがって宗旨ももたず、ただ「踊り念仏」と称された独特のふりで、ひたすら念仏を称えるだけでした。念仏さえ称えていれば極楽浄土に往生できるとするのです。「何はともあれ念仏」なのです
最後に下五の読み方の私感ですが「なむあみだぶつ」と真面目に読まず。「なむあみだぁー」崩して詠むか「なんまいだぁー」と訛って読むのが相応しいと思います。句評にはならず「空也」と「念仏」の補駐で終わってしまいました。
[注解]没年月日も解からないのに忌日があるのは、或る年の11月13日京都を出て東国化導に赴く際、「この日を忌日にせよ」と言って出立したとの謂いがあることによるものです。
◆句会での特選以外の秀作・佳作については中村信のホームページ《あ》[ http://saruwakakukai.web.fc2.com]をご覧ください。(ただし、該当欄が一時的に更新不能のため、同「掲示板」投稿欄にて代替しています)


nice!(1)  コメント(0) 

草木塔 №30 [ことだま五七五]

山行水行 6

                          俳人  種田山頭火

  おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場

  しようしようとふる水をくむ

  一つもいで御飯にしよう

  ふと子のことを百舌鳥が啼く

  山のあなたへお日さま見おくり御飯にする

  昼もしづかな蠅が蠅たたきを知つてゐる

『草木塔』 青空文庫

nice!(1)  コメント(0) 

読む「ラジオ万能川柳」プレミアム №53 [ことだま五七五]

          読む「ラジオ万能川柳」プレミアム☆11月14日、21日、28日放送分

                      川柳家・コピーライター  水野タケシ

◆ 2018年11月14日放送分の内容です。 
53-1.jpg 
放送にも慣れてきた女子大生インターンシップの未佳さんと 

「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)がキャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
http://fm839.com/program/p00000281
放送の音源は……https://youtu.be/ug1FCtbXeH4
 
【お知らせ1】
エフエムさがみは「クールチョイス」という運動に賛同していますが、
来週11月21日は、クールチョイス川柳、お題「宅配便」で句を募集します!!
最優秀の方にはシケタ賞をさしあげますので、奮ってご投稿ください!!
又いつも通りスタッフが選ぶ優秀作品は、クールチョイスのCMに採用されます!!
 https://youtu.be/ug1FCtbXeH4
 
 (みなさんの川柳) ◎が秀逸、敬称略)
166句の投句がありました!!
・だよねーの著作権って誰のもの(名人・グランパ)
・今は冬桜も五月(さつき)も時期尚早(背番号6)
・山登り元気あるのになぜ座る(名人・キジバト交通)
・桜田は門外漢の変をする(安田蝸牛)
・紅葉の赤く染まるは恋のよう(名人・平谷妙子)
・軽減の苦し紛れの仕分け方(万利休)
・ひきこもり54万人以上(恵庭弘)
・消費税上げずに下げて欲しいです(まりぽん)
・私と首相が作った妻のシワ(初投稿=ぶらり)
・10年ぶりで松茸料理忘れ果て(大名人・光ターン)
・流行語大賞なると死語になる(よっきゅん)
・カゼひくとたちまち家がゴミ屋敷(ナナチワワ)
・マツタケもみかんも怪しい味がする(初投稿=あき)
・世も末の大臣ばかりアベジャパン(あまでうす)
・不祥事は3人分の片山氏(名人・秦野てっちゃん)

☆タケシのヒント!
「今週は痛烈な時事句が多かったのですが、字余りの句も同じように多かったのですね。その点この句はスッキリまとまっています。句姿も美しいです」

・今場所もアーと言わすか稀勢の里(大名人・雷作)
・五輪相ボーっと生きてんじゃねえよ(名人・鵜野森マコピイ)
・「生」じゃなく死の対極は「恋」らしい(名人・不美子)
・電飾へ木々もそろそろスタンバイ(重田愛子)
・秋ですね夢でキスなどしちゃってさ(大名人・けんけん)
・そもそもに五輪大臣必要か(名人・六文銭)
・秋なのにヤセたら治る言うお医者(名人・アキちゃん)
・国によりユニクロサイズちと違い(パリっ子)
・カフェラテのハートに和む秋の午後(名人・酔とぉよ)
・崖っぷち目指すネズミの群れにオレ(爽抜天)
・答弁で記憶に無いと読む原稿(キャサリン)
・残り物片付けるため鍋する日(大名人・ユリコ)
・「のりへい」と読んでた「きひら」と聞くまでは(のりりん)
・週末は町田へGOが合言葉(小把瑠都)

☆あさひろさんのボツのツボ
「ラジオ万能川柳。まずはお知らせから。来週21日放送はお題があります。『宅配便』です!既に無題でいくつか届いていますがすべて来週回しとさせて頂きます。〆切は20日AM8時。優秀作はラジオCMに。今週のボツのツボ『宅配便おっと1週早かった』小把瑠都さん。ほんと残念!皆様の力作待ってます。」

・海越えて非正規さらに増やす法(マルコ)
53-2.jpg

・落葉貯めいくつ焼きいも出来るかな(ポテコ)
53-3.jpg

・反日はいつものことと笑えない(名人・りっちーZ)
・何にでも平成最後が付きまとい(名人・アンリ)
・渋滞の窓に黄葉の観て飽きぬ(模名理座)
・口利きも強盗さえも秘書のせい(司会者=あさひろ)
・秋だからそれを理由に肥えた今(初投稿=モモコ)

◎今週の一句・不祥事は3人分の片山氏(名人・秦野てっちゃん)
◯2席・今は冬桜も五月(さつき)も時期尚早(背番号6)
◯3席・私と首相が作った妻のシワ(ぶらり)
 
【お知らせその2】
エフエムさがみでもいろいろとPRさせていただいている、町田駅前のセコムホームライフ・住まいの情報館での川柳ワークショップ、別名「町田セコム句会」。
18日・日曜日11時から12時まで開催します!!
参加費無料、川柳初めての方大歓迎ですので、お気楽にご参加ください!!
18日はお題「お金」で句会を行いますので、当日お金の句を2句ご持参ください。
もちろん賞品もご用意していますよ!
53-4.jpg
今回は小把瑠都さんから、小把瑠都賞!
また私も、この放送の後シケタ賞を買いに行きますので、どうぞお楽しみ!
句ができなかった、という方も、選句で楽しめますから、川柳に少しでも興味ある方はご参加くださいね。

町田駅前、セコムホームライフライフ・住まいの情報館の川柳ワークショップは
毎月第3日曜日に行います。11月は18日。
参加無料で、フラリと突然来ていただいてもかまいません。
新しい趣味がほしい方、川柳を読むのは好きだけどどうやって作ったらいいかわからない、という方、勇気をもって一歩踏みだしてみましょう。
お問い合わせは、0120-406-250、0120-406-250までどうぞ!
 
【放送後記】
2週連続秀逸で、秦野てっちゃんさんが5人目の大名人に昇進されました!
秦野てっちゃんさん、おめでとうございます!
この勢いのまま、一気に柳王まで駆け上ってください!*\(^o^)/*
                                タケシ拝
 
◆11月21日の放送です
53-5.jpg
放送にも慣れてきた女子大生インターンシップの未佳さんと
 「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)がキャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
http://fm839.com/program/p00000281
放送の音源は……https://youtu.be/-VdHlzK9cZM
 
【ご報告その1】
18日(日)、町田駅そばの「セコムホームライフ・住まいの情報館」で、3回目の川柳ワークショップ、名付けて「町田セコム句会」を行いました。
なんとなんと、参加者は18人!
あの、かたつむりさんもついにお顔を見せて下さいました!!
https://youtu.be/-VdHlzK9cZM
 
(みなさんの川柳) ◎が秀逸、敬称略)
134句の投句がありました!!
・ハンコ押す妻の笑顔に女子を見た(背番号6)
・宅配に合わせて妻は化粧する(安田蝸牛)
・再配達汗でにじんだ通知の字(名人・入り江わに)
・お隣さんうらやましいね歳暮便(初投稿=夜の腸)
・在宅時届けてもらうよう指定(恵庭弘)
・トラックが足りずにソリを手配する(名人・キジバト交通)
・おくりものやさしさはこぶ道路かな(プチトマト)
・娘から届く歳暮は着払い(キャサリン)

☆あさひろさんのボツのツボ
「ラジオ万能川柳。今週はクールチョイス川柳で「宅配便」というお題付き。宅配便を贈る人、運ぶ人、受け取る人、其々に視点を当てた句がほとんどでしたが運ぶ車の音を詠んだ句も(ナナチワワさん六文銭さん)ボツのツボはキャサリンさん『宅配車我が家の前が停車位置』あさひろんちの前もそうなんです。」

・クロネコに乗ってサンタがやって来る(名人・秦野てっちゃん)
・そういえば「佐川男子」はどこ行った(ナナチワワ)
・指定したばかりにトイレガマンする(名人・六文銭)
・カニ届く故郷(さと)のニュースに包まれて(名人・アキちゃん)
・真心と荷物届ける使命感(あまでうす)
・宅急便箱いっぱいに母の愛(やんちゃん)
・宅配便オレの出かけたスキに来る(名人・グランパ)
・ダンボール開ければ一瞬里帰り(重田愛子)
・すっぴんなの出てくれるー?の一声(まりぽん) (添削例)すっぴんなの出てくれるー?と母の声
・宅配便来るかも我慢する便意(フーマー)
・マラソンの練習兼ねて宅配員(大名人・光ターン)
・配達がロボットになる日も間近(つや姫)
・宅配にスター気分でサインする(爽抜天)
・宅配の地球いたわる走る技(里山わらび)
・故郷の記事も入った宅配便(大名人・ユリコ)
・通販の軽い小箱はほぼ空気(みのり)
・シケタ賞宅配便で届く夢(のりりん)
・電話して再配達を少なくし(名人・アンリ)
・再配達さらにお手数おかけします(初投稿=メン子ちゃん)
・受け取りが間に合いホッとして帰宅(紗月めい)
・コンビニで荷物受け取り買うアイス(大名人・けんけん)
・にこやかに再配達をありがとう(小把瑠都)
・着時間夫のいない刻(とき)指定(司会者=あさひろ)
・三度目の再配達でその笑顔(名人・りっちーZ)
・ドア開けば3秒で去る飛脚便(マルコ)
53-6.jpg
・どう見ても居留守すっぴんなんだろな(クッピー)

・坂道を物ともしないタタタタタ(かたつむり)
53-7.jpg
☆タケシのヒント!
「配達をしてくださる方々へのエールです。タタタタタに臨場感があります。音に着目したところが良いですね。宅句の余白から、作者のやさしさや誠実さが伝わってきますね。」

・宅配便ポスト各家設置義務(ポテコ)
53-8.jpg

◎今週の一句・坂道を物ともしないタタタタタ(かたつむり)
◯2席・コンビニで荷物受け取り買うアイス(大名人・けんけん)
◯3席・再配達汗でにじんだ通知の字(名人・入り江わに)
 
【ご報告その2】
お待たせしました!!
第45回ぬまづ文芸、11月11日にぬまづ市で表彰式があり、私にもようやく「文芸部門」作品集が届きました!!
ぬまづ文芸は作者のお名前を伏せて選句しますので、作品集がないと私もどなたが入選したのかわからないのですね。
何と大賞は、ラジオ万能川柳の常連、離らっくすさんでした!!(拍手)
作品は「吉本対松竹級の口喧嘩」「吉本対松竹級の口喧嘩」いやあ、うれしいなあ!!
本当におめでとうございます!!

その他に、ラジ川の常連さん、ユリコさん、東海島田宿さん、パリっ子さん、重田愛子さんのお名前もあります。
その他本名で載っている常連さんもいらっしゃいました。
皆さんおめでとうございます!!
53-9.jpg
ぬまづ文芸は、来年もまた6月1日から7月31日まで募集します。
コンテストは1年前から、と以前も言いましたが、
ぜひ来年の大賞を目指して、今から準備を始めてくださいね!

 【放送後記】
川柳だけでなくいつもステキなイラストを届けてくださるかたつむりさんがついに名人位に昇進!! かたつむりさんおめでとうございます!!
これからも川柳&イラスト楽しみにしています!!*\(^o^)/*
                                タケシ拝

◆11月28日の放送です
53-10.jpg
放送にも慣れてきた女子大生インターンシップの未佳さんと
「ラジオ万能川柳」は、エフエムさがみの朝の顔、竹中通義さん(柳名・あさひろ)がキャスターをつとめる情報番組「モーニングワイド」で、毎週水曜日9時5分から放送しています。
エフエムさがみ「ラジオ万能川柳」のホームページは、こちらから!
http://fm839.com/program/p00000281
放送の音源は……https://youtu.be/W-HbpAIf5PQ
 
【質問】
あややの父、アッチャンです。
私の趣味は、主に料理や将棋ですが、最近、娘の影響で川柳も少し始めました。
そこでご相談です。
川柳は、毎日書く習慣をつけた方が、良いのでしょうか?
時々思いついたら、の方がが上達しますか?
ちなみに娘は、まったくの思いつきで、書かない時もあります。 (アッチャンさん)
https://youtu.be/W-HbpAIf5PQ
 
(みなさんの川柳) ◎が秀逸、敬称略)
212句の投句がありました!!
・会長がやっちゃえ日産不正かよ(よっきゅん)
・揺れている飲酒検査の乱気流(北の夢)

☆あさひろさんのボツのツボ
「ラジオ万能川柳。今週はゴーン前会長ネタを中心に212の投句。集計表も4ページに。なんと今週の一句は、あさひろ抜かれました~。ありがとうございます。ルンルン気分で今週のボツのツボ『二島追い一島さえも得れぬやも』北の夢さん。外交に成果を上げていると言われてますがホントかなぁ?」

・あるだろかギネスに外遊した回数(龍龍龍)
・ご主人と呼ばれて妻と入れ替わる(安田蝸牛)
・アナログで東京五輪仕切る人(名人・春爺)
・難民は誰でもがなる可能性(名人・平谷妙子)
・あの女もこの星空を見てるかな(恵庭弘)
・金持ちは金持ちなりの悩みかな(名人・鵜野森マコピイ)
・乾燥機取り出しタオル巻いて暖(初投稿=ガラ子)
・網タイツゴミ集積所の網に似て(初投稿=るびこ)
・今年こそ二人でイエスを祝いたい(みっか坊や)
・シル川を買ったが気持ち中高生(パリっ子)
・初優勝元親方に恩返し(あまでうす)
・日産が仏産になるやも知れぬ(大名人=秦野てっちゃん)
・ノンアルを飲んでる人は下戸じゃない(小把瑠都)
・億あってまだまだ欲しい億の金(名人・六文銭)
・最近は一人言と会話する(名人・アンリ)
・鍋囲みやり方違い険悪に(ナナチワワ)
・お隣の落ち葉はうちの庭が好き(やんちゃん)
・一瞬でボス消す奇術の日産(司会者=あさひろ)

☆タケシのヒント!
「『技術の日産』ならぬ『奇術の日産』とは!今回の事件を実に鋭くうがっています。破調のためリズムにやや難ありなのですが、それを補って余りある秀作です!」

・一年の納めの場所で綱が切れ(夜の腸)
・平成の最後もこんな大臣か(名人・東海島田宿)
・ウォーキング小春日和が誘うから(名人・アキちゃん)
・雪マーク並ぶ故郷の空想う(マルコ)
53-11.jpg
・大阪に決まりがっかりする府民(名人・りっちーZ)
・腹痛で受診おみやげに風邪(爽抜天)
・あの暑さ寒くなったら懐かしい(まりぽん)
・旧姓のハンコも実はとってある(名人・荻笑)
・我が党に居ると思うか適任者(キャサリン)
・万博と五輪に見える今さら感(大名人・光ターン)
・被災地は五輪万博何思う(名人・不美子)
・笑顔なき貴の優勝ドラマめく(大名人・けんけん)
・風邪をひき自慢の美声も台無しだ(メン子)
・高齢者無視するジムのビラ配り(重田愛子)
・喪のハガキあと一枚のカレンダー(模名理座)
・ちぐはぐな答弁立ってまた座る(風歌)

◎今週の一句・一瞬でボス消す奇術の日産(司会者=あさひろ)
◯2席・あるだろかギネスに外遊した回数(龍龍龍)
◯3席・お隣の落ち葉はうちの庭が好き(やんちゃん)
 
【お知らせ】
私が選者を務める、寄付川柳コンテスト!!
現在、第3回寄付川柳を募集中です!!
最優秀作品には賞金3万円!!優秀賞には1万円!
昨年はおなじみ光ターン大名人が、「異国の地寄付の服着て子ら駆ける」最優秀賞。
そして、入り江わに名人が「ばあちゃんは素通りできぬ人でした」で優秀賞を獲得。
締切りは来年1月15日ですので、みなさん奮ってどうぞ!!
川柳の応募には1000円の参加費が必要になります。
※2句まで投句できます。18歳以下は無料です。
お問い合わせは、日本フィランソロピー協会、03-5205-7580までどうぞ。
私のブログにも、投稿方法や過去の入選作など載せていますので、ぜひご覧ください!!
投句することが、もう、世の中のためになる、第3回寄付川柳!!
ぜひご参加くださいね!!
 
【放送後記】
司会者のあさひろさんが、ついに名人位昇進!おめでとうございまーす!
パチパチパチパチパチパチ!*\(^o^)/*
皆さん、あさひろさんへお祝いメッセージいただけると、うれしいです!m(__)m
じつは、あさひろさんには今朝の秀逸のことはお知らせしていませんでした。
ちょっとした、ドッキリ企画ですね!
というわけで、あさひろさんの驚きはリアルそのもの。
ふだんは絶対聴くことができない、キャスターあさひろさんのガチの心の叫びをお楽しみくださいませ!^_−☆
                                タケシ拝
 
=========================================
30-7.jpg
                   水野タケシ(みずの・たけし)
                1965年生まれ。コピーライター、川柳家。東京都出身。
         ブログ「水野タケシの超万能川柳!!」http://ameblo.jp/takeshi-0719/


nice!(1)  コメント(6) 

雑記帳2018-12-1 [代表・玲子の雑記帳]

2018-12-1
◆“東京の頑張る農業応援バスツアー”、今年は小金井市でした。

東京都内で活動する消費者団体と東京都との協働事業である東京都消費者月間の一連の事業の中に、東京の農業を巡るバスツアーがあります。
「食と農」を考える契機として、また東京の農業を応援する活動の一つと位置づけられて、今年で11年目になります。
東京都内からの参加者70名で今年訪ねたのは小金井市の4軒の農家でした。

一番目のNさんは西洋野菜を育てる、若い生産者です。
住宅に囲まれた、さほど広くない畑(25アール)で、ビーツ、サボイキャベツ、カリフローレ、ケール等の西洋野菜の栽培に取り組んでいました。

庭田サラダ用ケール2.jpg
サラダ用ケール
庭田サボイ2.jpg
サボイキャベツ
庭田カリフローレ.jpg
カリフローレ(生でも食べられる)

きっかけは、サラリーマンから転身して立川市の農家で研修した折に、ロメインレタスに出会ったことでした。まだ西洋野菜を栽培する農家は少なく、単価の高いのが魅力だったと言います。
例えばサボイキャベツなら、都内では1個800円もするそうです。
西洋野菜は使用できる農薬が限られているので、どうしても虫食いは出てきます。
そんな苦労もありますが、直売所やイトーヨーカドーの地場産コーナーで売るほか、レストランでの利用もふえてきたということです。

武蔵野の新田開発に大きな役割を果たした玉川上水は、五日市街道に沿うように流れています。350年前に開かれて以来、この玉川上水から引かれた分水路は武蔵野の農業を発展させました。小金井市には今でも開発時の区割りが残っているのを見ることが出来ます。
五日市街道と小金井公園の間に、「小金井江戸の農家みち」と呼ばれている小道があります。その、1,5キロの小道には11軒の直売所が並んでいて、読売新聞で取り上げられたことから有名になり、町おこしに一役かっています。

農家みち3.jpg
農家みち

この日伺った4軒の農家のうち3軒は、この農家道沿いにありました。
2軒目のOさんの畑は小金井公園のそばにありす。
50アールの広い畑に、果樹から野菜まで多品種を栽培しています。
中でも自慢のルバーブはジャムに加工して人気です。

まだなじみの薄いルバーブはシベリア産。ヨーロッパではよく栽培されている、ふきに似た、たで科の野菜です。食物繊維、カリウム、カルシウムを多く含んでいて、注目の野菜だとか。5月に花が咲いて、収穫のピークは秋です。
葉や花は食べられませんが、茎は程良い酸味があり、ジャムに加工したり、コンポートにすればタルトやパイに使えます。茎の色が赤いほど奇麗なジャムになるのだそうです。
シベリア産だけあって暑さに弱く、今年は暑さが続いてうまく育たなかった、下手だと思わないでと、笑って案内してくれました。

大堀ルバーブ2.jpg
ルバーブ(茎の赤いのがいい)
大堀ルバーブジャム.jpg
ルバーブのジャム

Oさんのもう一つの自慢は江戸東京野菜です。
畑には芯とり菜、大蔵大根、金町小カブ、亀戸大根などが作付けされていました。
こちらも、今年の夏の暑さや台風の強い風のために育たない野菜が多かったということでした。

大堀5.jpg
江戸東京野菜の畑 畑の向こうは小金井公園

江戸東京野菜は、江戸時代から昭和40年頃まで、東京都内の農地で栽培されていた固定種です。それぞれの野菜に歴史的な背景や物語があり、旬があります。
品種改良されて来た通常の野菜(F1種)と違って、代々受け継がれてきた江戸東京野菜は、同じように作っても形がそろわなかったり、収穫時期もまばらで量も少ないなど、手間がかかりますが、土地本来の気候風土や地域の特性を活かして育った野菜は個性豊かで味わい深いと、今、注目されているのです。
小金井市では、江戸から続く野菜をつないでいこうとの思いから、江戸東京野菜使用店を認定して普及に努めています。
店はカフェや割烹、お菓子やパン、フレンチレストランや居酒屋までおよんでいます。
いずれも、栽培が大変な中で長年繋いできた農家の思いを商品やメニューに活かそうと努力している様子です。

60アールのSさんの畑は、周囲を住宅に囲まれていました。
ここで、トマトやトウガラシ、ピーマン、玉ねぎ、レタス、枝豆、サツマイモなど、50品目以上の野菜を栽培しています。
中でもブロッコリー、大根、キャベツは小金井の土壌にむいているという話でした。
土づくりは有機肥料を使って安心安全を心がけ、さらには減農薬25%で東京都のエコファーマーの認定に挑戦したいと意欲的です。
回りを住宅にかこまれているため、騒音を避けて早朝のトラクターの耕作はやらない等、都市農業ならではの苦労があるようでした。
みかんの古木は30年になります。
温暖化の影響で、この辺でも美味しい蜜柑ができるようになったのを受けて、早生や極早生だけでなく、清見や晴香などの晩柑類にもトライしたいと語っていました。

島田1.jpg
周囲どちらを見ても住宅に囲まれた畑
島田直売所2.jpg
直売所の中にも「小金井江戸の農家みち」

小金井にははけと呼ばれる、多摩川が作った崖線があります。
4軒の農家のうち3軒ははけの上、最後にたずねたKさんの畑ははけの下にありました。はけの上と下では気温も2、3度違います。
Kさんは鉢花や花壇苗を生産しています。
2棟のハウスでは今、クリスマス用の出荷を控えた5000鉢のポインセチアがならんでいました。

大久保1.jpg
大久保ポインセチア2.jpg
出荷まじかのポインセチア

メキシコ原産のポインセチアは、ヨーロッパで品種改良されてきました。
12月に出荷するためには、7月に苗を鉢に入れます。
植物は性質をつかむのに時間がかかるので、50の手習いで始めてから15年になるが、まだまだ分からないところが多いと笑っておられました。
また、肥料の液肥は、購入時に苗とセットになってくるので、マニュアル通りに作ればそれなりに誰でも栽培はできる。そうはいっても、気象などの条件が変わるとマニュアル通りにいかないのが面白いのだそうです。

ポインセチアの赤い花のように見えるのはガクで、ガクの間に小さくついているのが花です。陽が当たりっぱなしではガクは赤くなりません。
家に持ち帰ったら、ガラス越しに陽のあたる窓際において、夜はカーテンを閉めるようにと教えてもらいました。

大久保ポインセシア.jpg

昼食と交流は駅近くの前原集会場でおこなわれました。
江戸野菜をたっぷり使ったお弁当はカラフルで ボリューム満点。参加者は大満足でした。

交流会弁当.jpg
江戸野菜たっぷりのお弁当

グループに分かれた交流会の私のテーブルでは、農家のWさんの、定年後に就農して100種以上の野菜を作っている話、一年中何かしら作っているので休みはないが、農業は楽しくなければという話に、皆一様に感動した様子でした。特に都内からの参加者には多摩の農業にじかに触れる経験は心に残るもののようでした。

小金井市の女性農業委員の松嶋さんからは農家みちができた経緯をうかがうことができました。この道を再発見し、まちづくりにつなげたのは、町歩きをしていた若いお母さんたちでした。
身近にあるこれだけ豊かな東京の農業がこれからも続いていくことを望まない人はいないでしょう。 けれども相続の度に農地は分割され、切り売りされていきます。後継者がいないという問題を抱えている農家も少なくありません。都市の農地は資産ではなく、農業をするための道具だと考えるような国の施策が必要なのだと思えてなりません。

松嶋さん.jpg
小金井市の女性農業委員の松嶋さん


nice!(1)  コメント(0) 

私の中の一期一会 №179 [雑木林の四季]

      カリスマ経営者カルロス・ゴーン前会長の逮捕は,日産のクーデターなのか
        ~マクロン大統領が安倍首相に首脳会談を要請、3社連合はどうなる~

               アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 東京地検特捜部は19日、日産自動車のカルロス・ゴーン会長(64)を金融商品取締法違反の疑いで逮捕した。罪状は有価証券報告書の虚偽記載である。
 新聞の報道によれば、“ゴーン会長は2011年3月期から15年3月期までの5年間に役員報酬約99億9800万円を得ていたのに、有価証券報告書には約48億8700万円と少なく記載して関東財務局に提出していた。
 共に逮捕された腹心のグレッグ・ケリー代表取締役(62)と共謀して、意図的に過少申告した疑いが持たれている。隠したとされる金額は約50億円に及ぶというから開いた口が塞がらない。
 19日夜に記者会見した日産の西川(さいかわ)広人社長は、「内部通報に基づいて数カ月にわたって社内調査を行ってきた結果、逮捕容疑になった“役員報酬の虚偽記載”の他、“私的目的での投資資金の支出”、“私的な経費支出”が確認されたので、東京地検に情報を提供した」と報道陣に説明した。
 日産自動車は11月22日に臨時取締役会を開き、明らかになった不正を理由にカルロス・ゴーン氏の会長と代表取締役の解任を全会一致で決議したと発表した。グレッグ・ケリー氏も代表取締役の職を解かれている。
三社同盟の一角、三菱自動車も26日の臨時取締役会で、ゴーン氏の会長職を解任している。
 ルノーの筆頭株主でもあるフランス政府は25日、ルメール経済相が「フランス国内では違法行為は確認されていない。不正の証拠や情報が日産からもたらされていない。明確な証拠がない限り“推定無罪の原則”が働く。仏ルノーの会長を解任するつもりはない」という考えを示した。
 元東京地検検事で弁護士の郷原信郎氏は「検察当局が具体的な中身を明らかにしていないため事実が判然としないのが現状だ。断片的な情報や憶測が錯綜して、日本の報道が迷走を続けているのはそのためだ」と語っている。
 ゴーン会長の逮捕から今日30日で12日が経過したが、ゴーン容疑者に関するニュースが流れない日は一日もない。
 それほど、世界的自動車メーカーのトップが逮捕された事件の衝撃が大きい訳だが、ゴーン容疑者らが起訴されるかどうかが、未だにハッキリしていないのは気になるところだ。
 アメリカのウォールストリート・ジャーナルは27日の社説で「これは宗教裁判だ」と批判する記事を書いている。
 日本の法律では、東京地検によるゴーン容疑者の取り調べに弁護士は同席出来ない。
 疑惑が次々メディアにリークされる中、ゴーン会長は一方的に企業のトップを解任されてしまった。
 検察は捜査の透明性を高め、ゴーン前会長に自らを弁護する機会を与えなければ、“この出来事は日本経済の汚点として残る”だろうと書いている。
 フランスの経済紙は電子版で、「フランスでは日本が仕掛けたゴーン会長追い落としのクーデターではないか」という見方が強いと伝えている。
 英国BBCなどは「逮捕、拘留、解任は冷静に計画された“悪意ある攻撃”ではないのか」という声まで伝えている。c
 イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙も“陰謀説が駆け巡っている”という見出しつきで「逮捕を取り巻く状況が不透明だ。ゴーン容疑者の主張が全く報じらていないのはおかしい」ど逮捕の背景に疑問を投げかけた。
 レバノンの日本駐在大使は、ゴーン容疑者が拘留されている東京拘置所を28日に訪れゴーン容疑者と接見している。駐日大使は「全てにおいて無実だ。健康状態はとても良い」と報道陣に語ったという。
 これまでの調べで、カルロス・ゴーン容疑者は、自身の退職後の報酬の支払いを確認する文書を作成していたことが分かった。
 前会長は調べに対し、文書の存在を認めつつ、「サインはしておらず、将来の支払いも確定したものではない。有価証券報告書に記載する義務はなかった」と逮捕容疑の一部を否定している模様だ。
 日産とゴーン前会長の姉が、実体のないアドバイザリー業務契約を結んで、年に10万ドルが支給されたとされる点については「正当な理由がある」と説明しているという。 アルゼンチンのブエノスアイレスで30日から開かれる主要20カ国首脳会議(G20)に合わせ、フランスのマクロン大統領が安倍首相に首脳会談を要請していることが分かった。
 仏経済紙レゼコーが伝えたものだが、会談では日産、仏ルノー、三菱自動車の3社連合の関係を巡って意見を交換することになるらしい。
 フランスのルメール経済相はパリで世耕経産相と会談した際、ルノーと日産の資本関係について「現状維持が望ましい」との考えで一致したと述べている。
 両社は現在、ルノーが日産の株を43.4%、日産がルノーの株を15%持ち合っている。ルノーには議決権があるが、日産にはない。
 この不平等を日産は見直したいのだが、ルノーは現状維持を主張して譲りそうもない。
 カルロス・ゴーン前会長は1999年に多額の負債を抱えて“倒産寸前だ”と言われた日産自動車に「再建請負人」としてルノーから送り込まれてきた。
 全従業員の14%に当たる2万1000人のリストラを断行、国内5工場の閉鎖、部品メーカーに値下げを迫るなど「コストカッター」として剛腕を振るった。その結果日産の業績はV字回復したのである。
 2005年にはルノーの社長兼CEOにも就任し、日仏の大手自動車メーカーのトップを兼務するまでになった。
 西川社長は、こうした日産への貢献を認めつつ「非常に注意しなければいけない権力構造だった」とゴーン氏に権力が集中し過ぎていたことを反省点として挙ていることを記者会見で語っていた。
 20年近くに及ぶ“カリスマへの権力集中”で、弊害が如実に表れていたのは“役員人事”だという。
 ゴーン容疑者の不正解明でカギを握るのは腹心といわれてきたグレッグ・ケリー容疑者だが、ケリー代表取締役が何をしていたかを知る人は日産社内にも少ない。米国在住のままで、日産本社に出社することは殆どなかったからだ。
 最近のゴーン会長も、日産本社への出勤頻度は減っていて1~2か月に1度程度だったという。
 17年に発覚した不正検査問題でも西川社長任せで自ら矢面に立つことはなかった。
 ゴーン前会長逮捕の背景には、こうしたカリスマの劣化(?)と社内統治での不信感が増したことが、「追放」につながったと見られている。 
 ゴーンなきあと、ルノーと日産の関係がどうなっていくのかが一番の関心事なることは間違いない。
 ルノーが日産に43.4%出資している以上、日産の思惑通りに話しが進むとは限らない。
 マクロン大統領と安倍首相の首脳会談がどうなるかに注目してみたい。
 
 

nice!(1)  コメント(1) 

浜田山通信 №231 [雑木林の四季]

日産・東京五輪・大阪万博

                           ジャーナリスト  野村勝美

 私は80歳直前に車をやめた。日本中ずい分とあちこち回ったがいい思い出になっている。車種は最初トヨタ、その後子供の同級生が三菱に入ったので何代か三菱車の世話になった。いまたまに孫が乗る車はもう15万キロくらい走っていてどこも悪くない。こんな車を作っていたらもうからないんじゃないかと思っているうちに日産・ルノー連合に合併してしまった。おかげで3社連合はトヨタを抜いて販売台数世界2位、トップはフォルクスワーゲン、4位がGM。私はひそかにトランプさんがアメリカのラストベルト復活のために日産ルノーにねらいを定め、カルロス・ゴーン追放をしかけたのではないかと疑っていた。しかしそれもどうやら違うようだ。27日にはミシガン州やオハイオ州のGM工場閉鎖が発表された。
 うちの孫たちをみても車をシェアしているのさえ一人もいない。私の長男は16歳になると同時に上野の中古バイク市場に雨の降る中買いにでかけ、なかなか帰ってこないので迎えに行ったことがあった。この子はもはや60を超えている。あの頃はとにかくバイク、自動車の時代だった。隣の電器屋さんはTVや白物家電が売れて売れて、真っ赤なフェアレデイーZを乗り回していた。私が新聞社に入社し、配属されたのが横浜支局。日産横浜工場で何100人かの首切り反対闘争があり、私は組合員に同情的だった。以来どうも日産にはいい感情を持てず今日に到っている。
 それにしてもルノー・日産・三菱連合とはいかなる経営体なのか、会社は別々でルノーはフランス、日産、三菱は日本の株式会社、連合としては利益も何もないものか。カナダやメキシコ、中国くなどに造った工場はどこのものなのか。そのとき売上やら利益、税金などはどうなっているのか。そんな初歩的なこともわからないので、経済にいくらか強い友人に電話で聞くと、「俺は自動車には全く興味がない。環境破壊の最悪な原因は自動車だ」とにべもない。たしかに大気汚染は、車がハイブリットカーや電気自動車に変わっても、これまでに蓄積された汚染物質はなくなりはしない。廃車後のボディの鉄鋼やシートのプラスチックなど、再利用できないものばかりだ。昔あの石原慎太郎の都知事時代、ジーゼル車の都内進入を規制したことがあった。要するに自動車は環境破壊の最たるもの。これ以上作ってはいけない。人生そろそろ下り坂。人間はその覚悟が必要なのだ。
 それなのに、またぞろ東京オリンピックに続いて大阪万博とは。50年、55年昔とは世界中が全く違う。前の万博の時は、本来すね者である私は行かなかったが、妻と子供二人は友人の家に“民泊”して感激していた。今はどうだ。いくら日本人は祭りが好きといっても意気の上がりようがない暮らし向きだ。55年前日本人の半数が見に行ったそうだが、いまはもう見たいものもないだろう。まして嫌韓、嫌中の日本に韓国や中国が来るわけがない。万博はおろか東京五輪さえ見れるのかどうかの老生がいうべきことではないだろうが。

nice!(1)  コメント(0) 

BS-TBS番組情報 №175 [雑木林の四季]

BS-TBS 2018年12月のおすすめ番組(上)

                          BS-TBS広報宣伝部

厳選名曲を一挙公開!日本レコード大賞60年の歴史

175レコ大60年の歴史.jpg

12月9日(日)よる7:00~8:54

☆今年で60回目を迎える「輝く!日本レコード大賞」の特別番組!

司会:ジョン・カビラ、江藤愛(TBSアナウンサー)
ゲスト:菅原洋一、岩崎宏美ほか

今年で60回を迎える年末の風物詩「輝く!日本レコード大賞」。その節目を記念してBS-TBSで特別番組を放送する。ゲストとして歴代受賞者の中から、菅原洋一、岩崎宏美らを招き当時の秘話や、裏話などを語っていただくとともに、歌も披露。さん然と輝くレコード大賞の歴史を豊富なアーカイブ映像を織り交ぜ紐解く2時間スペシャル。

大相撲密着450日 目指せ!大関・新三役

175大相撲密着.jpg

12月14日(金)よる9:00~10:54

☆大関取りを狙う関脇・御嶽海と、新進気鋭の朝乃山が所属する高砂部屋に密着。

大関取りを狙う関脇・御嶽海と、新進気鋭の朝乃山が所属する高砂部屋に密着。
御嶽海は、大関への熱い思い、そして土俵では窺い知れない故郷、家族への思いに取材。朝乃山は、日々の鍛練やオフの日の素顔、高砂部屋の地方部屋への大引越しの奮闘ぶりなど、これも普段見られない様子を取材。
7月場所で初優勝を飾った関脇・御嶽海にとって、夏の諏訪湖場所は凱旋巡業。灼熱の太陽が照り付ける中、ファンの熱狂ぶりはそれ以上に熱いものがある。9月場所後には、地元の長野へ優勝報告会と祝賀会で帰郷。地元の期待を一身に背負い、11月場所で再び大関取りに挑む。
一方、幕内に上がって2度敢闘賞を受賞している朝乃山にとって、11月場所は三役昇進への足掛かりを作る上で重要であり、大学の同期・玉木にとっても、十両昇進を賭けた重要な場所。朝乃山の三役に対する思い、同期の玉木に対する思いに迫る。また、地元との交流、場所前の激励会における女将さんの奮闘模様、高砂部屋秘伝のちゃんこレシピも親方の解説で紹介。
日本人に愛される「大相撲の魅力」を再発見し、今まで以上に大相撲を身近に感じることが出来る密着ドキュメンタリー。

4K開局スペシャル ~世界・黄金ミステリー~
市原隼人 幻のスペイン財宝船を追え!
「大航海時代が生んだ!黄金トライアングルの謎」

175市原隼人幻のスペイン財宝船を追え.jpg

12月15日(土)よる7:00~8:54

☆市原隼人が、アメリカ・フロリダ沖「魔のバミューダ海域」で沈没船の財宝発掘に再び挑む!

出演:市原隼人

魔のバミューダ海域、その深くに眠るスペインの財宝の数々──。なぜ、スペインの財宝がアメリカ・フロリダ沖の海中に沈んでいるのか?スペインが世界を制覇した大航海時代とは、どんな時代だったのか?なぜ莫大な財宝を積んだ沈没船の存在は、人々から忘れ去られたのか?財宝に秘められた数々の歴史と謎──。2018年。アメリカ・フロリダでの撮影に挑んだのは、俳優・市原隼人。はたして、新たなる財宝を発見することはできるのか!?そして、スペイン財宝船に秘められた歴史と謎が紐解かれる!


nice!(1)  コメント(0) 

バルタンの呟き №46 [雑木林の四季]

           「平成の終わりに・・・」

                             映画監督  飯島敏弘

わたしはせんそうをしらない。おかあさんもしらない。

おばあちゃんもしらない。

でも、ひいばあちゃんはしっている。

えきでへいたいさんをみおくったかえり

ひこうきがとんできて

「きじゅうそうしゃ」でやられそうになったって。

はしってはしってはしってようやくにげたって。

ひいばあちゃんがいきたから

おばあちゃんがうまれ、

おかあさんがうまれ、

そしてわたしがうまれた。

へいわをまもるけんぽう

いのちをつなぐけんぽう

わたしがおおきくなっても

このままのけんぽうであること

それがわたしのねがい

(尾池ひかり  7歳 日本弁護士連合会賞応募主席選定の詩)

 なんとすばらしい詩ではあるまいか。新聞紙面でこの詩を見た、僕は、思わず口から飛び出そうとした感嘆の声を呑み込みました。あやうく、家人が、何事か、と驚くと思ったからです。歳のせいか、ちかごろ、うたた寝をしている時などに、夢の続きでしょうか、奇声を発することがあるらしいのです。しかし、これは、正真正銘の感嘆の声でした。今までに、平和を訴える言辞には数えきれないほど出会いましたし、僕も幾たびかの作品で、戰爭反対の訴えをしてきたつもりですが、これほど簡潔に、しかも、痛切に平和を訴える言葉に出会ったことはありませんでした。まさに、このわずか7歳の詩人ひかりさんに脱帽です。「それじゃ、せんそうをわずかながらしっている この ひいじいちゃんは どうしたらいいんだろう」直接、ひかりさんに 訊いて見たくなりました。この単純素朴な詩こそ、非戦を称える憲法第9条を象徴する極限にあたいするものではないか、と、打ちのめされたのです。

 先週、僕は、妻が近所の方から頂いてきた招待券を持って、九段の国立武道館で行われた「自衛隊音楽祭」に出かけて行きました。五年ほど前にも一度、自衛隊関係の仕事をしているプロダクションの人に誘われ観たことがあって、その時、いろいろ感じたことがその後どうなったろうかと、久しぶりに出かける気持ちになったのです。いや、驚きました。初めて見物した時と変わらず、というよりも、前回に比して更に人気が高まった様子で、全席自由という事もあってか、余裕を持って開場一時間前に現場に到着した時には、入場者の列が、蜿蜒長蛇の列といった既製の言葉では表現できないほどの観客が、あの巨(おお)きな国立武道館でも、果たして全員収容し切れるのかと心配になるほど並んでいたのです。今回は、一般向けの招待券でしたので勿論指定席ではなく、券面に、「満員お菜は入場をお断りすることがあります」と小さな字でプリントされているのが気になったほどです角々に立っている看板を掲げた隊員の案内にしたがって、歩いて、歩いて、ようやく最後尾と書かれた看板を掲げている自衛官の姿が見えた時には、すでに入場が始まっているのか、巨大な芋虫のように、ゆっくりと列が動き出していたのです。

 「申し訳ありません、長い時間お待たせして・・・」

 案内係の腕章を付けた下士官らしい制服の自衛官が、丁寧な口調で、行列している人たちに、実にこまめに、誠実な口調で謝っているのですが、時計を見ると、まだ入場時間にはなっていません。おそらく、本部と現場のやり取りで、今にも降り出しそうな雲行きなど察して適宜な指示が出たのでしょう。その時、僕の皮肉な性癖からですが、ふと、「沖縄の人たちの心に寄り添って・・・」と、米軍辺野古基地問題で、政府関係者がしばしば口にする言葉が連想されたのでした。せめて、このくらい寄り添って事情を明かし合い、誠実にアメリカ軍戦略参謀部と正面から再交渉し、お互いに納得できる条件を引きだす努力があれば、と、心の中で呟いていました。勿論僕自身は、いくら寄り添われても、辺野古の米軍基地のレゾンデーテルそのものが、「世界一危険な普天間基地の負担を軽減する為に」という理屈が、沖縄の人々には不可解に違いない、と思うのですが。

 「自衛隊の方々が、プライドを持って任務に当たれるように、憲法九条を・・・」という言葉も、しばしば使われます。しかし、この自衛官たちにしても、観客たちの周囲できびきびと動き回っている支持班(会場整理から舞台の設置進行などを担務する)の制服(行動服)の隊員たちも、実に晴れがましく矜持に満ちた表情で、立ち働いています。全国の自衛隊挙げての自分たちが作る「音楽の祭り」の御輿を担いでいるといった風なのです。

 音楽祭としての出来栄えが前回よりも更に数段進歩していたことは、敢えて省きますが、ここで是非にも呟きたいのは、今回のコンセプトが、非常に強く、平和希求へのメッセージ性が高かったこと、です。おそらく、この音楽祭が、上意下達ではなく、むしろ下意上達で作り上げられていると感じたのです。いや、それは、巧妙な、宣伝的策略なのさ、と僕の甘さを指摘される方もいらっしゃると思います。それとも、あえて自衛隊の宣伝臭を希薄にして、志願者を増やそうという戦略だ、と決めつける人もあるかも知れません。確かに、入場者が自衛隊員の父母兄弟、親戚、知己などを中心にした高年齢層が主流であることは変わりませんが、若い人たちが、前回よりも格段に増えていました。演奏レベルや、パフォーマンスの向上にも目を見張るものがありましたが、前回は、宝塚歌劇団の男役プリマ張りの美声女性隊員に魅せられて、その隊員を含む若い隊員たちが、東日本大震災の救援出動で泥まみれになって活動する映像にいじらしさを感じて、「この若者たちを、不条理な戦争で死なせてはならない」と痛感したのですが、今回は、災害出動や訓練の映像にもまして、ほとんど全てのプログラムが飛躍的な向上を示した以上に、すべてが平和への希求と賛歌だったことに、ある種の感銘さえ覚えたのです。吹奏楽団の交錯する軌道を自在にこなす移動と演奏は、かつては、一段格上の技量を示した米軍チームのそれにまったく遜色がないどころか、凌駕さえ覚えさせるものでしたが、特筆的な変化は、まるでアニメーションで作画されたように、一様に見事な体躯で揃っていた事です。防大生を主流にするという儀仗の演技は、僕がはるか昔の記憶に遺している旧日本帝国陸軍のただ厳格でごつごつしたものとは別物のしなやかで美しい力強さに満ちていました。北朝鮮軍の、むりやり高く足を上げる威力鼓舞一辺倒な苦しげな歩調とは、全く別ものの精悍さを発揮していました。今回フューチャーされたただ一人(?)の女性ジェット戦闘機乗りの乗務映像を見て、たしかこの一二年の、隣接国との空の緊張の高まりが、ジェット戦闘機隊希望者の減少の証左と判じる部分が無いでもありませんでしたが、災害出動の中に混じって認めた彼女の自信に満ちた映像内の言動にも、宣伝臭は感じられませんでした。

 「自衛隊が、SELF DEFENCE FORCEなどと、惨めな表示でいてはプライドを持てない」

といい、「自衛隊の皆さんが誇りを持って行動できるように憲法を改正・・・」と説く閣僚や議員の方々にこそ、この平和賛歌の音楽祭を見てほしい、この素晴らしい若者たちをMIRITARY FORCEやARMYにして、決して、「この道しかありません!」と突き進んで行く政治に任せて、他国間の政争、利害に起因する戦場に送り込むことは、絶対にしてはならない、させてはならないのだという思いを改めて抱きました。 日本国憲法第66条にある通り、内閣総理大臣および閣僚は、文民(軍人およびかつて軍人であったもの以外の人物)でなければならない、のですが、僕、バルタンとしては、現状で見るかぎり、名ばかりの文民統制 シビリアンコントロールの方が却ってこの国の自衛隊をとんでもない道に進ませてしまうのではないか、と・・・

 自衛隊の諸君が、嬉々として、胸を張って、矜持、誇りを持って行動しているのは、我が国の自衛隊は、専守防衛、戰爭をしないのだ、という前提があってのことなのではないでしょうか。今回のバルタン呟き、自衛隊員賛歌の呟きは、そんな呟きなのです・・・ 

 昭和16年12月8日、大日本帝国が、まちがったとんでもないこのみちにつきすすんでいってしまった記念日に。


nice!(0)  コメント(0) 

医史跡を巡る旅 №49 [雑木林の四季]

 「福岡 医の先駆者其の壱~貝原益軒」

                       保健衛生監視員  小川 優

「養生訓」で知られる、儒学者で医師でもあった貝原益軒は、寛永7年(1630年)福岡の生まれです。天下分け目の関が原から30年、父親は黒田長政の右筆(書記)を務め、医学の心得もあった貝原寛斎。益軒幼少の頃には島原の乱(1637~1638)がおこり、主君に従って父寛斎も出陣しています。若くして才能を表し、18歳にして長政の跡を継いだ黒田忠之に仕えます。が、ほどなく慶応3年(1650年)不興を買って閉居の上、浪人に。7年間の浪人生活の間も長崎や江戸へ行って勉強し、多くの人と交友します。のちの明暦2年(1656年)には忠之の次代、黒田光之に召されますから、益軒に理由があったというより、忠之側に原因があったのではないかと考えられます。忠之はどうやら困った殿様だったらしく、藩主に就く前から、父親である長政に金と領地をくれてやるから、百姓か、商人か、坊さんかになれ、つまり士分を捨てて家督を弟に譲れと言われたくらいです。殿様になってからは前代未聞、重臣が主君を、徳川幕府への謀反の疑いで訴えるという黒田騒動の当事者ともなります。

忠之の息子、黒田家三代光之に取り立てられた28歳の益軒は、藩費で京都に遊学します。以後7年間京都で本草学や朱子学、医学を学び、35歳の時に帰郷します。その後は博識をもって、あるいは典医として光之に仕え、邸宅と知行を賜り、黒田家譜をはじめとする多数の著述をなします。

「貝原益軒座像」
49画像①.jpg
「貝原益軒座像」 ~福岡市中央区今川 金龍寺境内

儒学を学び、後に養生訓を記すくらいですから、聖人君子的な生活スタイルを想像しますが、旅を楽しみ、京都遊学中には遊郭に通うなど結構奔放な日々を送っています。若気の至りか38歳の頃に体調を崩し、「病レ淋」に罹ります。ちなみに江戸時代、「淋」は尿道系、しもの病全般を意味します。今でいう淋病は明治以降の病名で、当時は膿淋と称されていたようです。益軒の寛文日記に書かれた症状、尿閉、間歇的な疼痛から改札すると尿路結石が疑われます。
これに懲りたのか寛文8年39歳で、22歳も年の離れたお嫁さんをもらいます。名前は初さん。秋月藩士の娘で才女。のちに貝原東軒と名乗ります。

「貝原東軒生誕地の碑」
49画像②.jpg
「貝原東軒生誕地の碑」 ~福岡県朝倉市秋月

前回ご紹介した緒方春朔の居宅近くに、貝原東軒生誕地の碑があります。東軒婦人、とくに書、和歌、筝、胡琴に優れ、益軒の著述の代筆も務めます。仲睦まじく、おしどり夫婦であったと伝えられますが、益軒さん、とっかえひっかえ3人もの妾のもとにも通ったともいわれます。ただ、とうとう子をなすことはできませんでした。

「貝原益軒顕彰碑および墓所」
49画像③.jpg
「貝原益軒顕彰碑および墓所」 ~福岡市中央区今川 金龍寺境内

ここまでの説明ですと聖人君子豹変して、知識欲が旺盛で、旅行好き、行動力も精力も有り余った人物像が浮かばれたと思いますが、実は益軒、かなり虚弱体質で病弱だったようです。そのためもあって、日々の健康保持に留意し、結果、当時としては大変な長寿を全うします。
さらに62歳と69歳の時と2回、夫婦連れだって遠く京都まで旅します。1回目は4か月京に滞在、2回目に至っては1年半に及び、三古湯のひとつといわれる有馬温泉に半月もとどまっています。今でいう退職記念旅行、少し前にはやったフルムーン旅行といったところでしょうか。
70歳に役から退き、著述に専念します。分野も教育書、博物誌、紀行と多岐にわたり、文体も平易でわかりやすく、読者に配慮したものとなっています。

養子を迎え、81歳で初孫を授かりますが、3年後東軒夫人に62歳で先立たれます。そして正徳3年(1713年)、自らの長寿を実証として「養生訓」を著し、翌年85歳の生涯を閉じます。

「貝原益軒、東軒の墓」
49画像④.jpg
「貝原益軒、東軒の墓」 ~福岡市中央区今川 金龍寺境内

益軒、東軒は生前同様仲良く並んで、住まいの近く今川の名刹、金龍寺に眠っています。

「金龍寺山門」
49画像⑤.jpg
「金龍寺山門」 ~福岡市中央区今川 金龍寺

養生訓は八巻からなり、第一、第二が儒学をベースに養生の目的と意義、第三と第四が食べ物や食べ方、飲酒の心がけや喫煙の害を説きます。そして第五が五感の役割、とくに口腔衛生の大切さ、第六に病気の予防と医者への掛かり方、第七に薬の効能と多用による弊害、最後の第八は老後の過ごし方を記しています。
現代においても有効な健康法とされるものが多く、日本における医療の原則「医は仁術」の記載や、多剤併用の戒め、8020運動につながる高齢者における歯科衛生など、超高齢化社会を迎えつつある現在の世相、社会問題を先取りした内容には驚かされます。

nice!(0)  コメント(0) 

いつか空が晴れる №48 [雑木林の四季]

    いつか空が晴れる

         -パパゲーノ・パパゲーナー

                                 澁澤京子

 レストランで食事していたら、隣の大きな予約席に次々と人が入ってきた、50代前半のお洒落したマダムばかり、どこかの女子校の同窓会らしい。
「お久しぶり!」「まあ、あなたはここの席よ!」次第に人数が増えていき、あちこちでおこる笑いざわめきがどんどんピッチも早く高音に盛り上がっていくさまはまるでモーツアルト「魔笛」のパパゲーノを聴いているみたい。うふふ・・というあちこちで起こる笑い声がそのうちに、テンションあがって高音のキャハハに変わっていく鳥のさえずりのようなざわめきを(はしゃぐ気持ちはわかるなあ)と音楽のように聴いていたのである。

天真爛漫で陽気でおしゃべりなパパゲーノが沈黙の試練の行に耐え、やっとパパゲーナと再会した時の喜びの歌。パパゲーノは、子供っぽい露悪趣味を持っていたモーツアルト自身でもある、と言われているそうです。

50代ともなればそれぞれ家庭にいろんな問題抱えている人がいるだろう、親の介護であるとか離婚であるとか、夫とはほとんど口を利かないとか・・それでも昔の友達に会えば、10代の天真爛漫な子供の頃にいきなり戻ってしまうのだ。容貌に変化はあっても人の性格ってほとんど10代のころと変わらないなあ、と思う。中学生のときは、やたらと背伸びして友達とジャン・ジュネなんかを回し読みしていたっけ・・「これ、すごく面白いわよ」と友達が貸してくれたのはサルトルの「水いらず」だった、中学生の女の子にアウトローや性の話を理解できるとはとても思えないんだけど、それなりに面白く読んだことは覚えている。
おませでおしゃまで、だけど女子校ゆえに男の人には奥手だったりして、幼稚なくせにやたらと大人ぶったりしていた。新任の英語の男の教師をみんなでいじめたこともあった。男の人に対する好奇心と恐怖心が両方あって、あれは思春期の女の子に特有のサディズムだったんだと思う。そういう背伸びをしたがる恥ずかしい時期をお互いに共有しているということは、いまさら気取らないで済むし、なかなか気楽な関係なのだ。

最近、友達から同窓会の写真を見せてもらった。彼は男子校。叔父様たちが肩を組んで校歌を歌ってる様子は、すごく無邪気というか。
仕事や家庭の重い圧力に耐え、頭髪を失いながらも、旧友と会えば思わず肩を組んでしまう叔父様たちの姿はとてもいじらしいではないか。

男の人も女の人も、いくつになっても10代のころの少年・少女が心の中に住んでいて、仮面を外せば、あっさり自然人が出てくる。
世間体とか虚栄とかそういった余計な仮面を外したとき、人とのコミュニケーションは自由な、幸福なものになる。それは人によっては年齢の増加とともにどんどん外れていく傾向もあって、そこで交わされる会話が、鳥のさえずりのようなナンセンスな軽いおしゃべりであっても、楽しければ楽しいほど何か夢のような、かけがえのない時間を過ごしていると感じるようになったのは、やはり年取ったせいでしょうか。




nice!(1)  コメント(0) 
前の20件 | -