So-net無料ブログ作成

都幾川のほとり通信№1 [核無き世界をめざして]

 【都幾川のほとり通信】            埼玉県東松山市  原爆の図丸木美術館 
 
030524 029.jpg

 原爆の図丸木美術館は、画家の丸木位里・丸木俊夫妻が、共同制作『原爆の図』を、誰でもいつでも、ここにさえ来れば見ることができるようにという思いを込めて、埼玉県東松山市の川のほとりに建てた美術館です。
 丸木夫妻は、広島に投下された原子爆弾の様子をいち早く目撃し、代表作となる『原爆の図』をはじめ、戦争や公害など、人間が人間を傷つけ破壊することの愚かさを生涯かけて描き続けました。
 この美術館では、そうした丸木夫妻の生命への思いを受け継ぎながら、芸術家としての二人の活動を紹介しています。

 美術館のまわりには、1967年の開館以来ずっと、比企丘陵の緑豊かな自然が広がっています。その眺めを一番楽しめる場所が「小高文庫」です。
odaka.JPG 丸木夫妻がアトリエとして愛用していた小高文庫は、武州松山本陣小高家の書庫として使われていた建物で、1970年に地元の有志から丸木夫妻との交友の証として寄贈されたものです。DCP_1463.JPG
 今は図書室兼休憩室として多くの来館者に愛されています。部屋の一角には丸木夫妻の使っていた机に硯、世界各地から集まってきた小さな置物などを展示しています。書棚には二人の著作や画集、絵本、資料を収め、自由に閲覧することができますし、ビデオやDVDの視聴も可能です。
 丸木美術館には冷暖房の設備がないので夏は暑く冬は震えるほどに寒いのですが、そんなときにも小高文庫に上がれば、扇風機と川風でほてった顔を冷ましたり、こたつとホットカーペットでかじかんだ手足をぬくめることができます。

 

 よく問い合わせの電話で「見学にはどれくらいの時間がかかりますか?」と聞かれます。簡単なようでいて、とても難しい質問です。
 絵を一通り見るのにも個人差があって、30分足らずで退出する方から2時間くらいかけてじっくりと鑑賞する方まで様々です。
 でも、丸木美術館にあるのは絵画だけではありません。上記の小高文庫や、流々庵、宋銭堂などの周辺建物、それに溢れんばかりの自然に囲まれています。
 絵を見るのに疲れたら外に出て体を伸ばしてお茶を一服。体と心が温まったらまた絵の前に戻る。そんなふうにのんびりとした一日を過ごすつもりで、お茶とお弁当を持ってご来館いただければと思います。

(写真上)美術館前景    (写真下左)小高文庫   (写真下右)崖下から館を望む

原爆の図丸木美術館企画展
【没後10年 丸木俊展―「女絵かき」の眼差し―」

2009年12月19日[土]-2010年4月10日[土]

 丸木位里との共同制作《原爆の図》で世界的に知られ、色彩豊かな油彩画や民話・創作童話など絵本の世界でも幅広く活躍した丸木俊(赤松俊子)。2000年1月に87歳で亡くなった彼女の没後10年という節目の年に、あらためて生涯の画業を紹介する企画展です。
 俊は1912年2月、北海道雨竜郡秩父別村(現・秩父別町)に生まれました。上京して女子美術専門学校(現・女子美術大学)で油彩画を学んだ彼女は、外交官の子どもの家庭教師としてモスクワに滞在したり、当時日本の領土で「南洋群島」と呼ばれたパラオ島などを訪れたりしながら、次第に画家として注目を集めるようになります。1941年には水墨画家の丸木位里と結婚。戦争末期に原爆投下後の広島に入り、その体験や周囲の人の証言をもとに夫婦共同制作で発表した《原爆の図》の連作は、国内外に大きな反響を巻き起こしました。
 鋭く深い観察眼、卓越した描写力、そして何より人間に対する温かい愛情……「女絵かき」丸木俊の魅力は時代を越えて今なお私たちの胸に迫ってきます。

本展では初公開となる「女性像」、「モスクワ アパートへ向かう並木道」は、丸木美術館に寄贈された貴重な戦前の油彩画です。この2点を含め、油彩画、デッサン、絵本原画など約120点を展示します。
冬の丸木美術館は館内も冷え込みます。ぜひ俊の故郷・北海道を訪れるような暖かい服装でご来館下さい。

講演会「赤松俊子(丸木俊)と戦中・戦後の女性画家」
2010年3月6日(土)午後2時~3時/小勝禮子さん(栃木県立美術館)/参加無料(当日の入館券が必要です)/午後1時30分に東武東上線森林公園駅南口まで美術館ワゴン車が迎えに行きます。

ロシア人形 1960年代 油彩 ギャラリーいがらし蔵
絵本原画「ヤシノ木ノ下」(1942年)
アムステルダム(1956年)

ロシア人形 (2) のコピー.jpg

アムステルダム(水彩) のコピー.jpg

 

本展が初公開となる俊の絵画
女性像(1935年頃)
俊が市川小学校の教員をしていた当時の校長先生の遺族より寄贈。女子美術を卒業した頃の若き日の作風を伝える貴重な油彩画。
(1937年頃)
市川小学校を退職後、通訳官の子どもの家庭教師としてモスクワに滞在した際に、街角の風景を描いた小品。板に油彩で描かれている

(写真上)ロシア人形    (写真下)アムステルダム

埼玉県東松山市大字下唐子1401
鉄道 - 東武東上線つきのわ駅から徒歩2km
バス - 東松山駅東口から東松山市内循環バス唐子コース「浄空院入口」バス停から徒歩5分
         高坂駅西口から東松山市内循環バス唐子コース「丸木美術館北」バス停から徒歩2分
道路 - 東松山ICから国道254号小川方面10分
  


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0