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気楽な稼業ときたもんだ №56 [雑木林の四季]

性格も一流の日出ちゃん、月ちゃん

                              テレビ・プロデューサー  砂田 実

 ザ・ピーナッツとは、労音のステージを中心に、多くのコンサートを作り全国をまわった。僕は、初日の舞台を東京で完成させてから、必ず二、三ケ月後に地方の小都市での公演をふいに覗きに行くことにしていた。ピーナッツには、その心配はまったくないのだが、勝手に自分たちの演じやすいように構成や演出を変えてしまう不届き者もいるからだ。
 コンサートツアーの途上、「ピーナッツは指示どおりきちんと演じてくれているであろう」との信頼感から、僕は出番前の楽屋を訪れた。しかし、その日僕を迎えた彼女たちは、意外にもなにか吹っ切れない表情だ。
 「なにか困ったことでもできたの?」と尋ねると、姉の日出ちゃんが答えた。
 「ほら、一部と二部の衣装替えの時間に、砂田さんが入れた新人がいるじゃない。これが舞台の回を重ねるごとに、どんどんファンが増えて、いまや大騒ぎなのよ」
 衣装替えをバンド演奏で埋めるという安易な手法を避けたかったのと、知り合いのマネージャーから売り込まれた楽曲がことのほか気に入ったので、「グレープ」という男性の新人フォークデュオを出演させたのだった。「とにかく見て判断しよう」ということで、僕は開演ベルの鳴る客席へ潜り込んだ。
 一部の終演近く、客席の前方がざわめき出す。「グレープ」がソデから出るや、大きな拍手と矯声が交錯して、雰囲気がガラリと変わった。なんと、公演の回を重ねるうちに口コミでファンが増え、客席の前方を彼らの女性ファンが占領していたのだ。ピーナッツの持ち場が再びはじまると、最前列の女子高生風はステージを無視してマンガを読みはじめる始末だった。これはいけない。
 終演後、再びピーナッツの楽屋へ戻った僕は、「わかった。申し訳ない。だが、もうツアーから彼らをはずすわけにはいかない。なにか考えて手を打つ」と告げるしかなかった。
 その僕の苦渋の表情を見て、日出ちゃんは言った。
 「でも砂田さん、しょうがないよ。あたしたちも、有名になっていく段階で、今とは逆の場面を何度も見てるもの。そのステージのメインのはずだった先輩たちよりも、あたしたちが出ていくと、はるかに大きい歓声があがって……。嬉しいんだけど困ったっていう経験を何度もしたからね。そんな時にスタッフに当たり散らしている先輩は、なんかちょっと悲しくて恥ずかしかったよ。だから今回はこのままのステージでいくしかないよ」
 「『グレープ』の人気がどんどん上がっていく時に、こんな形で立ち会うってことも、それはそれでおもしろいわね」と妹の月ちゃんも言葉を重ねた。
 こういったドラマが、いろいろな場面でくり返し演じられていって、大衆音楽というものは成熟していくのだろう。ご存じと思うが、「グレープ」の一人は、のちのさだまきしである。
 黙って二人の話を聞いていた僕は、またピーナッツが好きになった。
 苦労させてしまったこともある。新潟での公演の際のことだ。
 僕は、そのツアーやリサイタルで初披露の、オリジナルの楽曲やミュージカルを必ず入れていた。構成・演出屋の仕事は、手を抜けば際限がない。大スターの仰るとおりに曲順を並べただけでも、「構成・演出‥何某」とタイトルに出るのだ。だけれど、それでは僕のプライドが許さない。だから、僕が演出する時には、誰にでも必ずオリジナルを作っていた。後述する、ちあきなおみの「ねえあんた」もそうだし、加藤登紀子にもそうだった。みんな、嫌がったり面倒くさがるどころか、真撃にとりくんでくれた。僕も毎月レコードを三十枚近く買い込んで片っ端から聞き、楽曲の引き出しを増やしていたから、相手もそういう努力をわかってくれていたのか、僕が演出した歌い手たちは、僕が投げる変化球に果敢に挑んでくれた。また、それができる実力派が多かったことも幸いだった。
 一日目に振り付け稽古、二日目に歌い手が入りリハーサル、三日目に本番というスケジュールでやっていたテレビ番組でも、オリジナル曲を歌わせるくらいだったから、一ケ月ほど準備期間があるコンサートは、さらに腕が鳴る。

 ピーナッツの新潟公演を控えたある日、当時絶滅寸前だった朱鷺を懸命に保護しているお爺さんの記事を新聞で目にした。これだ!ご当地テーマのオリジナルミュージカルを、トップスターのピーナッツが演じてくれるとなったら、新潟の人たちは大感動するに違いない。
 そのお爺さん役を誰にしようか、と思案した。新劇の役者では、もっともらしい芝居をされるし、歌も十分じゃないだろう。当事のシャンソンのメッカ「銀巴里」にいた、工藤勉という年配のシャンソン歌手を思い出した。彼はかなりユニークな歌手で、秋田弁で自分の故郷の厳しさを歌った楽曲がすばらしかった。歌を聞いていると、怒涛さかまく海を見つめて佇む情景が目に浮かぶようだった。朱鷺を心血そそいで保護する無骨なお爺さん役にはピッタリだ。
 しかし、稽古初日に「まいったな」と僕は頭を抱えた。ものすごく下手なのだ。それに、途中で歌が出てこなくなることもしばしば。舞台稽古に入っても、何度もストップとなる。舞台稽古にはテンポがある。それが工藤さんのお陰でお手上げになる。ピーナッツを見ると、二人で暗い顔して俯いている。ところが僕には一言も言ってこない。普通のスターなら、「なによ、どうにかしてよ」とむくれるところだろう。だが、やはりつらかったようだ。通常の十数倍の稽古を重ね、どうにか本番をこなした新潟からの帰りの列車の中、彼女たちは、ポッリと「砂田さん、今回はつらかったわ」ともらした。

『気楽な稼業ときたもんだ』 無双舎


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