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徒然なるままに №35 [雑木林の四季]

三つの歌曲を聴く

                     エッセイスト    横山貞利

 日本の歌曲と言えば「荒城の月」、「城ケ島の雨」、「平城山」、「出船」、「初恋」などを想い出す。私にとって、どの曲も忘れ難い曲ばかりである。
   しかし、このところ、ここで紹介する三つの歌曲に嵌ってしまって何となく繰り返して聴いている日頃である。

   「母」  詞 竹久夢二  曲 小松 耕輔
  ふるさとの やまのあけくれ
  みどりのかどに たちぬれて
  いつまでも われまちたもう     幾山河とおくさかりぬ
  母はかなしも            ふるさとの みどりのかどに
                    今もなお われをまつらむか
                    母はとおしも

 何と感動的な詞だろうか。
 竹久夢二(1984年~1934年)と言えば、先ず想い出すのは「宵待草」(作曲 多忠亮おおのただすけ)であろうが、この「母」の歌曲を聴いていて、すっかり魅せられてしまった。わたしが小学5、6年のころから中学、高校時代を通して抱いていた母を想う心情を代弁してくれているように想えてならない。放蕩を繰り返す父に反発した夢二にとって母への敬慕は決して忘れられることができないことであったろう。多感な時期に、父から取り残された母の姿を見詰めつづけた夢二が、父と和解して上京した後も母を想う心情はこの詞に凝縮されているに違いない。                 
 作曲者の小松耕輔(1884年~1966年)は、東京音楽学校(東京芸大音楽学部)を卒業した後学習院などで音楽教師をしながら作曲をしていて、1906年(明治39)にオペラ「羽衣」を発表した。このオペラ「羽衣」は日本の最初のオペラだそうである。「母」は,夢二35歳の時に作曲されたもので、女学校生徒の合唱曲としてよく歌われたということである。

    「くちなし」  詞 高野喜久雄  曲 高田三郎
  荒れていた庭 片隅に
  亡き父が植えた くちなし       
  年ごとに かおり高く       くちなしの木に くちなしの
  花がふえ             花が咲き実がついた
  今年は十九の実がついた      ただ それだけのことなのに
                   ふるえる ふるえる
                   わたしのこころ
  「ごらん くちなしの実を ごらん
  熟しても 口を開かぬ
  くちなしの実だ」と        くちなしの実よ
  ある日の 父のことば       くちなしの実のように
      父の祈り             待ちこがれつつ
                   ひたすらに これから生きよ
                   と父はいう
                   今も どこかで父はいう

 作詞者の高野喜久雄(1927年~2006年)は新潟県佐渡の出身で宇都宮農専(宇都宮大農学部)を卒業し神奈川県内の高校で数学教師をしていた間に、詩作に励んでいた詩人であった。詩集はイタリア語に翻訳されるなど高く評価をされていた。合唱曲「水のいのち」(作曲・高田三郎)は現代を代表する合唱曲であるという。
 作曲の高田三郎(1913年~2000年)は作曲家であると同時に優れた指揮者でもあったという。名古屋出身で武蔵野音楽学校教師科を経て東京音楽学校(東京芸大音楽学部)本科作曲部を卒業(1939年)更に研究科作曲部、聴講科指揮部で学んだ。1948年作曲団体「地人会」を結成。NHKから芸術祭の合唱曲を依嘱されて、高野喜久雄と出会ったという。
 依嘱作品 「わたしの願い」(1961年)、「水のいのち」(1964年)
      「ひたすらの道」(1976年)、「内なる遠さ」(1978年)
      「確かなものを」(1987年)
 歌曲集「ひとりの対話」(1965年~1971年)。
「水のいのち」は、「混声版」、「女声版」、「男声版」の三部作があり200刷を突破しているそうである。また「高田三郎歌曲集」が1999年音楽の友社から発行されている。
 幼少のころからプロテスタント教会に通い、40歳で洗礼を受けカトリック教徒になった、敬虔なクリスチャンである。 

    「九十九里濱」  詞 北見志保子  曲 平井康三郎
     (短歌連曲 三部作)
   沖はるかに  荒れて浪たち   水平線
          日の出近くして  海鳥飛べり

   沖つ浪   みるにはるけし  思うこと
         五百重(いおえ)へだてて わだなりがたし

   わたつみの  太平洋に  まむかいて
          砂濱白し  九十九里なり

 千葉県外房の九十九里浜は太平洋に直面している。この短歌「九十九里浜」に表出された荒々しさ、そして曲想のダイナミズムと相俟って、九十九里浜の男性的な営為をよく導き出して、聴いているわたしに迫ってくる。

 わたしは、九十九里浜が好きなので、70歳で車をやめるまでカミさんと愛犬ミミを乗せて毎年のように九十九里浜に出かけた。わたしのところから東関東自動車道・東金道路を利用して丁度1時間で九十九里浜に着く。初秋の九十九里は全くと言うほど人出がないのでミミと渚を走って遊んだ。ミミは水が嫌いなので渚で波が足元まで押し寄せるギリギリまで意地悪して遊んだ。一望のもとに極東の荒波を見詰めていると、限りない大自然の営為に惹き込まれる。
 作詞者 北見志保子、作曲者 平井康三郎については「徒然なるままに Nо12 平城山 追想」で紹介したので触れないことにする。
 この激しい作詞者の“こころ”を作曲者が見事に表出していて聴取者の全身の皮膚を通して感得させられる。そこにはある種の“恐怖感”のような感覚に堕ち入る。しかし、何度も聴いていると「九十九里浜」に独り身を置いている快さを感じてくるから不思議である。それが「自然の力」なのだろう・・・か。




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