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にんじんの午睡(ひるね) №36 [文芸美術の森]

犬のはなし

                  エッセイスト  中村一枝

 いつも仲良くしている柴犬のあずきちゃんが急に目が痛み出したと言う。緑内障が原因だそうだ。あずきちゃんは共働きの若いご夫婦が飼っている柴犬で、あずきちゃんの飼い主であるTさんご夫婦とは親戚みたいな付き合いである。勿論私とは娘ほど違う年齢差だが、そんなことよりこういう若い友だちが近くに住んでいるということがどんなに有難く、心強いことかといつも思う。もともとあずきちゃんは白血病系の病気持ちで、そのための治療もずっと続けている。14才というから今までそれなりに治療が功を奏していることになる。それが突然目が痛みだしたのだ。しらべて見ると、緑内症が原因とわかった。獣医さんの話だと緑内障で目が痛むこともあるそうだ。犬にとって病気とはなんだか分からないが体に不具合いが生じることでしかない。共働きのご主人を持って、一日中待つのも辛いが、帰ってくる空気を感じたら嬉しいものに違いない。もう一匹、黒柴のガブちやんも我が家のモモと幼なじみ、いちばん若い。その三匹が自然と仲良くなったのだ。三匹共それぞれ手術をしているので子供がぐちゃぐちゃ生まれる心配はないが、なぜか人間の身勝手を感じる。子供の時からの知りあいだから犬見知りのうちのモモもこの三匹の間ではリラックスしている。とびっきりの仲良しというわけではないが、ああいつもいるあいつね、といった、気のおけない関係はまた大事なのだ。
 あずきちゃんはベージュ色の小型の柴犬、美貌である。ガブは黒毛の雄で、家族の中で存在感を示している。ガブリエルと言うのが本名だがガブがぴったり。人懐こくてみんなに可愛がられている。もう一匹が我が家のモモで、いちばんわがままに育っている。
 考えてみると飼い犬とはよくぞ言ったものだ。今、東京にいる殆どの犬は飼い主の一定のルールの下にある。平穏な自由と食べものを与えられているという、犬にしては申し分ない身分だが、かれらのこころの中にうずまいている犬本来の欲望、情熱(その中には食べ物への無限の欲求も含まれる)を制限されることが本当に幸せかと言う話になると全然違う。もうひとつ、人間からの愛情、これが果たして彼らにどのくらいの幸福感を与えているのか、これは聴いたことがないから不明だ。少なくとも食べものの充足とある種の安住を与えられるかぎり身体の拘束は免れない。飼い犬の宿命である。
 結婚してからは10数匹、子どもの時からは20匹以上犬を飼った。父が本当に犬好きだったのか、多少の気まぐれもあったのか、わからない。父の小説を読むと犬を連れて大森駅近くの酒場に行き、犬をつないだまま酒を呑んだりしている。その頃の文士には当たり前のことだったのかもしれない。繋ぎっぱなしにされた犬の心情には触れていない。父の兄である伯父はかなりの犬好きて、当時家の中で犬を飼っていた。私はそれが羨ましくて母に頼んだが聞いてもらえなかった。伯父は戦争中も隠れて二匹の犬を飼い続けた。私は犬に関しては伯父に似ている。私の犬への接し方は動物にというより自分が動物と同化してしまう所がある。母にはこの気持はわかってもらえなかった。白血病にさらに緑内障、いまの犬は長生きしていてもいろいろ困難が絶えない。これって人間も同じかな。




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