So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

日めくり汀女俳句Ⅱ №13 [文芸美術の森]

二月四日~二月六日

           俳句  中村汀女      ・文  中村一枝

二月四日
今日ありて一事果しぬ冬の梅
           『紅白梅』 冬の梅=冬
 「坪内逍遥の戯曲なら早稲田の演劇博物館よ」との友人の言葉に四十年ぶりに大学構内を歩いた。そのまま時間が逆戻りしたよう。当時近くの三朝庵で毎日のように三十円のかけうどんを食べた。お金があると、きつねだった。
 演博はたたずまいも雰囲気も変わらない。そこで緑色の表紙の戯曲集を見つけた。大正二年刊バンキンの「醒めたる女」があった。坪内士行訳のホートンの「村の祭」もあった。私は目の前に地味な木綿の着物、お下げ髪の女学生が小麦色の榎を紅潮させて、立っている気がした。

二月五日
冬木また闇に没して何もなし
            『紅白梅』 冬木=冬
 坪内逍遥が文芸協会の第三回公演の演目に選んだのが、ズーデルマン「故郷」。父親の反対を押し切り女優の道を選んだ主人公マグダは当時の脚光を浴びた。前後して、イプセンの「人形の家」のノラ、「村の祭」のファンニー、「醒めたる女」のジャネット、新時代の女たちが登場してくる。旧来の男依存型ではない。ジャネットは自活する女である。
 汀女がこれらの戯曲を夢中で読み、写したのは間違いない。その中には当時の婦人運動家エレンケイの言葉もある。私はだんだん興奮してきた。

二月六日
土くれの荒(すさ)びに沈む霜柱
             『軒紅梅』 霜柱=冬
 私が大学に入ったのは昭和二十七年、それ迄、私立の、ミッションスクールにいた私にとって、まだ女子学生の少なかった大学の風景は何もかもが異質にみえた。あちこちに林立する立て看板、廊下や壁にべたべたはられたビラ、構内の角や教室でアジ演説する学生、
それは初めて見聞きする世界であり、柔らかい頭脳は刺激をうけ、たたかれ変わっていった。毎日が好奇心の連続だったといってもいい。この年頃のばりばりと音のするような好奇心、汀女が新しい知識に出逢ってむさぼるように吸収していったその気持ち、時代は変わっても同じだった。

『日めくり汀女俳句』邑書林


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。