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徒然なるままに №38 [雑木林の四季]

また“八月”を迎えた 

                               エッセイスト 横山貞利

 今年も、また「八月」を迎えた。あの戦争が終結した「八月十五日」を想い出す。あれから73年になるのか・・・。
 73年前、即ち1945年(昭和20)8月15日の正午、ラジオの前に一家6人が正座して「玉音放送―天皇陛下の放送」を拝聴した。拝聴したと言っても、放送内容を全く理解できなかったので父親に訊いたところ「戦争に敗けた」と知らされた。子ども心にも「戦争に敗けた」ことが何となく哀しくて、裏の畑に出て真っ蒼な空を見上げると赤みかかった黄色の向日葵の花びらが蒼空と素晴らしいコントラストを描き出して目に焼き付いてきた。あの凄惨ともいえるショットを73年後のいまも瞼に描き出すことができる。何という印象的な光景であったろうか・・・。
 この日、わたしは国民学校(現在の小学校)の2年生で夏休みだった。わたし自身直接戦争の惨禍を見知っていたわけではない。しかし、叔父一家が東京から疎開してきたので防空壕が狭くなり、裏の畑に新しい防空壕を作るため大きな穴を掘り始めていたのだった。
 父は、変電所に勤めていたので軍需要員として徴兵を免れた。因みに、長野県松本市にあった「50連隊」は1944年(昭和24)8月2日に、テニアン島で玉砕した。高校時代から親しい上條竹芳くんのお父上は34歳で召集されてテニアンで亡くなっている。上條くんは、土屋文明に師事したアララギ系の歌人である。
 
上條竹芳 三首
  戦没者 春分慰霊祭に雪が降る ただしんしんと日もすがら降る
  戦死して 天皇の子になりしといふ 親の記録を読めば空しき
  相次ぎて我より若き人逝きて 町会の端役ひとつ引き受く
                   (7月17日の手紙より)

 故秋山ちえ子さん(1917年~2016年)が、TBSラジオで「秋山ちえ子の談話室」を放送されていた頃、毎年8月15日には自らの朗読で「かわいそうなぞう」を放送されていた。わたしは、この「かわいそうなぞう」を何度か聴いた。この「かわいそうなぞう」の物語は、太平洋戦争が激化していよいよ米軍の本土空襲が開始される見通しのなかで、東京・上野動物園の動物たちの飼育不能になった。このため、三頭の象―ジョン、トンキー、ワンリーの「最期の姿」を土家由岐雄が描いたものである。いま、わたしはこの3頭の象の名を書いただけで、とてもそれ以上書くことができない。
 そこで、TBSラジオ編成部に問い合わせたところ、最近は「大沢悠里のゆうゆうワイド土曜版」(毎週土曜日15:00~16:50)で、8月15日前後の土曜日に放送されているそうである。今年も8月15日前後の土曜日に「秋山ちえ子の談話室―かわいそうなぞう」として放送されるだろう。是非聴いてみてほしいと思う。わが家には秋山ちえ子さん朗読のCD「かわいそうなぞう」があるがとても聴く気力がない。多分、今後も聴くことはないだろう
  CD「かわいそうなぞう」 金の星社刊

 去る7月27日、沖縄県知事の翁長雄志さんが前知事時代に出された「名護市辺野古の沿岸部埋め立て承認」を撤回する手続きに入ることを表明した。

   ここはどこだ
      詞 永 六輔  曲 いずみたく 歌 デューク・エイセス

   ここはどこだ  いまはいつだ
   なみだは かわいたのか
   ここはどこだ  いまはいつだ
   いくさは  おわったのか

   ここはどこだ  きみはだれだ
   なかまは どこへいった
   ここはどこだ  きみはだれだ
   にほんは  どこへいった

   流された血を
   美しい波が洗っても
   ぼくたちの島は
   それを忘れない
   散ったヒメ百合を忘れはしない
   君の足元で戦いつづける
    (以下略)
      「ユリイカ」 特集 永 六輔―上を向いて歩こう
      (2016年10月1日 発行)
       より
   

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