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パリ・くらしと彩の手帖 №137 [雑木林の四季]

新しい美術館がどんどん生まれています。

                在パリ・ジャーナリスト  嘉野ミサワ

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マイヨール美術館で開かれているジャコメッテイ展覧会から。一番下はベートーベン

フランスではいま新しい美術館が次々に生まれている。一つの町には少なくとも一つぐらい無ければ、とか、このくらいの街ならもう少し他の分野のもつくるべきだとか言うようになってきたのだ。 
そうなるとある作家が生まれた所とかいろいろな理由をつけるのだ。展覧会を見せてくれる。その街かむらとなにか関係をもった作家が有名ならばなおいい。この村にもまずひとつは、ということである。その結果当然のことながら、展覧会が断然増える訳だが、これもまた結構なことだ。
今年の豊作はなんといってもピカソ。フランス全国では70以上の展覧会が見られたと言う。もちろんこれは70の展覧会のためのコンセプションのものであってできあがった展覧会が色々の町を巡ったと言う意味では無い。それに、フランスでは観たいものが有ればその為には汽車に乗っても観にいく人がたくさんいるのだ。それにしてもその作家が素晴らしい事と、その展覧会の発想も見事で見学する人が急増したり閑古鳥に取り憑かれたりといったことでこれを観に来る人の数は激変するから最初の記事を出す人は要注意だ。この所長いこと低迷していたマイヨール美術館でのジャコメッテイ展覧会は、美術に関心あるフランス人達を眠りから目覚ませたのだ。そして今ケースはたっぷり膨らんだ。いままで少々控えがちだったことも思い切って前進することにしたと言う説明をする人も出て来た。その真偽は別としてもこちらにとってこんな良いことはないのだ。世界の彫刻家の中でも恐らくもっとも価格のたかい、一刻も早くその美術館を作って欲しいひとりだったからだ。1900年の前半にスイスからパリにやってきた彫刻家だ。作家のジャン・ジュネとは気があって、この人だけはこの彫刻家のアトリエにいつでも入って行けたと言う。彼が人体を彫刻するとそれは一本の鉛筆のようになってしまう。余計な物を全部とってしまう、と言うことか、それとも彼にはそれが現実だったのだろうか。彼のアトリエに、街で体を売る女達が入って来ると彼にとって清々しい真っ白な空間になったと言う。こうして疲れるとアトリエを出て、モンパルナスを行く。彼のアトリエのあるところはラスパイユ通りモンパルナス通りがすこし静かな街に変わり始める通りだ。その境目くらいにあるのが、有名なキャフェレストランのドームだ。昔からこの辺りに通っていた世界の浮浪者のアーテイスト達の巣になっていたから、そう言う作家がいつも座った席には名前があった。いまでもつけてあるだろうか。でも、今日の主人公はここに入って来ることはない。私の住んでいた家から1足のここに来ていつも夜中にコーヒーをのんでいた私たちの眼の前に来て電信柱に抱き付くこの彫刻家はすでに涙に濡れているのだ。その儀式が終わるといつももう少し遠いキャフェ レストランのクーポールに向かうのが常だった。このあたりに住んだ2年間ではずいぶんといろいろなものを見聞きしたし、ひょっとすると此方も些かおかしくなっていたかもしれない。ジャコメッテイならずとも生命のギリギリのところで生きている人たちの世界のことである。そのアトリエが急に美術館に変わって、建築家は花模様を散りばめた。そのそぐわなさが気にかかる空間である。良い作品がいくつか置かれていた。これから更に充実することだろう。もう少し経ってから見にくる方がいいと言う声も聞くが、それでもやっぱり早い方が良い。美術館だって成長するものだから。

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