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ロシア~アネクドートで笑う歴史~ №89 [文芸美術の森]

ユーモアのペレストロイカ 10

                   早稲田大学名誉教授  川崎 浹

民主主義を解決するには

 体制の自由化と体制からの解放は必ず、その体制がかかえていた矛盾を噴出させる。八八年から八九年にかけてソ連では民族紛争がはじまった。強制的に抑えこんでいたイデオロギーの枠が弱まり、人工的な国境設定が民族分布の実状と合わないことがあらわになった。経済的な復興の立ち後れも民族間の対立に拍車をかけた。
 もっとも激しい紛争がアルメニアとアゼルバイジャンの間でおこなわれた。アゼルバイジャンの領地のなかに飛び地としてあったアルメニア領ともいえるナゴルノカラバフ自治州(アルメニア人が住む)の住民たちが実質的な独立を要求したからである。
 九九年春現在、セルビアとその領土内のコソボ(アルバニア系住民が住む)の紛争はコソボがアルバニア共和国と隣接しているが、アゼルバイジャンの場合、ナゴルノ力ラバフが独立すると、それは自国の中に他国をかかえ込むことになる。まことに厄介な問題である。
 つぎに登場するリガチョフは当時ゴルバチョフと対立する保守派の実力者だが、さすがに考えあぐねたとみえて、このような災いが生じた。『ニクーリンからのアネクドート』では、リガチョフの代わりにゴルバチョフが電話をかけている。

 リガチョフがあの世のヨシフ・ピサリオノビチ(スターリン)に電話し、国で起こっていることを訴えた。
 「アルメニアとアゼルバイジャンにどう対応したらよろしいでしょうか?双方の敵意をどう断ち切ったらよろしいでしょうか? 民族主義問題をどう解決すべきでしょうか?」
 「ひじょうに簡単だ、きみ。二つの共和国を、ただ一つにすればよいではないか」
 「実際そのとおりです。すばらしいお考え……とはいいましても……失礼ですが……共和国を統一したあとまた争いがはじまると思うのです、つまり首都を、そのう、バクーにすべきか、エレバンにすべきか」
 「なぜバクーとかエレバンにこだわるんだ? 首都はマガダンに建設すべし!」
 
 「マガダン」の注釈をつけておきたい。一九五三年、北東シベリアに囚人によって建てられた収容所の行政中心地。囚人たちはオホーツク海を船舶で運ばれ、マガダンに上陸させられ、そこからさらにコルィマに送られ、金鉱採掘や木材伐採の重労働を強いられた。コルィマについての証言にシャラーモフの小説『極北コルィマ物語』(朝日新聞社、一九九九年)やエブゲーニヤ・ギソズブルグの『険しい行路』(邦訳『明るい夜暗い昼』集英社文庫)がある。氷点下六〇度を超えることがあり、スターリン時代の収容所群のなかでももっとも死亡率の高い地域だった。
 政治の世代としては孫弟子にあたるリガチョフが地獄のスターリンに電話をかけるというような下地があって、はじめてスターリンも大きな顔をして復活できるのである。


『ロシアのユーモア』 講談社選書


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