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にんじんの午睡(ひるね) №37 [文芸美術の森]

しーしとじーじ

                         エッセイスト  中村一枝

 去年、近くに住む知り合いの男の子があっという間に奥さんがいて、あっという間に一児の父親になり、一家の主になった。四、五才の頃から知っているから不思議でもある。彼はいま、19歳。赤ちゃんの面倒見のいいこと、行き届いていることには舌をまいている。最近は若いお父さんたちが子どもを幼稚園につれて行ったり、一緒に歩いているのをよく見かけるが、彼らに照れや気恥ずかしさはほとんど見られない。若いお父さんたちは楽しそうに家族の中にとけこんでいるのがなんともほほえましい。
 五十年来住んでいる家は、まわりが若い家族で埋まって来て、ああ、時代が変わった、と否応なしに納得させられている。私など何十年住んでいても、自分は古びたと思っていない図々しさだが、さすがに若い家族連れに何回も出逢うと、やっぱり私も年を取ったのかしらといまさらながら思うのだ。
 これも四十年近く通っている、隣の町の美容院、その店主は一種の変わり種で、話し好き。話の面白さについ時を忘れてしまうのだが、学習院出身という経歴も面白いが、英語が堪能で、その上、かなりのへそ曲がりときている。その曲がり方が面白くて私は四十年近く通っている。子どもが二人いて、当時は巷の教育熱が今と同じくらい盛んな時代だったが、そういう風潮と真っ向から対立していた私とはウマがあったのだ。
 彼は子どもにはよく遊べ、自分も一緒に遊ぶ、というやり方で、子どもに勉強を強要しなかった。その成果あってか、今では男の子は国連勤務、女の子はアメリカの吟行家と結婚して二人の子どもに恵まれた。長女の方は三歳というのに、体も心もたくましく、とてもユニークな女の子。アメリカに暮らしているから勿論、英語はお手の物。その子が最近日本の祖父に気を使って、英語ではなく日本語で電話をかけてくるそうだ。日本人にしてはかなりの自信をもっていたおじいさんの英語能力をおしはかっての思いやりの深さに、さすがに自信家の彼もかぶとを脱いだ様子が手にとるようにわかる。
 自分の子どもができたときからユニークな教育方針を貫き、受験とは無縁に、いつも子どもと生活や遊びを共有してきた彼の教育が花開いたわけだが、孫からそんたくされる身になるとは、嬉しい半面、複雑な心境らしい。
 私も、若い時からの彼を見続けてきたが、、今、彼が孫娘の思いやりにシャッポを脱ぐ姿は想像できなかった。昔はお互い、顔を合わせれば政治や体制への批判、はたまた世相のありようへの辛辣な共感で盛り上がっていた。今の彼はそうではない。それは、人間の大きさをいう時の清濁合わせ呑むというのとは別の、子どもや孫への愛情が自然につくりだしたスタイルではないかと、ほほえましく考えてしまう。年をとって円熟味を増す生き方のスタイルと変化。それはそれで人間の成長なのだと思う。
 ところで、お孫さんは、おばあちゃまはばーば、おじいちゃまは、始めはじーじであったのに、最近濁点が消えて、しーしと呼ぶそうである。
 「おしっこみたいでいやんなっちゃう。」
 苦笑する彼の顔はしあわせなおじいちゃまだった。

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