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浜田山通信 №225 [雑木林の四季]

吉田文具店68年で閉店

                       ジャーナリスト  野村勝美

 国際的にも国内的にもあるいは硬派でも軟派でも、毎日のようにビッグニュースがつづいて、いやでも一日中テレビにかじりついている。それでなくとも今夏は暑すぎだったので外出もせず脚は弱くなるばかり、困ったことだ。先日久しぶりに夕方、買い物がてら商店街をぶらついたら、メインロード商店街の吉田文具店が9月17日で閉店の張り紙を出していた。68年間の御愛顧ありがとうございましたとある。
 吉田文具店のことは浜田山通信の初めの方で「商店会の草分け吉田鍋蔵さん」と題して2回書いた。亡くなったのが平成21年9月15日、96歳の高齢だった。鍋蔵さんは鎌倉通りにある吉田本家の13人兄妹の9番目で、戦争中は中島飛行機に勤めていたが、戦後5年たってから駅前に店を開いた。近くに浜田山小学校、高井戸中、豊多摩高校、桜水商業(現杉並総合高校)もあるし、なんとかやっていけるだろうと思った。当時浜田山駅から井の頭通りまで未舗装の砂利道が一本あるだけで、道の両側は畠、関東ローム層特有の土ぼこりがひどかった。駅の近くに新規開店した店主たち7人が商店会を作り、その後10年ぐらいかけてようやくいまの西友あたりまで店ができた。長男の正実さんがやり手で、官公庁、学校、会社関係の外商を拡げるとともに、地域商店会の役職もこなした。浜田山銀座商店会―メインロード商店会と名を変えた商店会では唯一の鉄筋コンクリート3階建て、いうならば商店街の核店舗なのだ。もはや7店のうち残っているのは杉並薬品、矢崎時計店だけ。考えてみれば街の文具店などとっくの昔になくなっている。私がやっていた玩具店同様、少子化のあおりはあらゆる商売に影響を及ぼし、コンビニ、スーパーだけが余命を保っているといってよい。
 吉田文具店のすぐ前の旭クリーニング店(昔の大鮨)も浜南の本店だけにまとめ、家主の大鮨は、古い建物を建て直した。誰が入るかと思っていたら、1階が先に決まりまたもや歯科医院。2階は喫茶店。逆じゃないのと思ったら、歯医者も近頃は年寄り患者が多く、いままでのように2階だと階段が大変らしい。それにしても駅周辺に15ほどの歯科医院があり、大部分が2階にある。なかには土、日、、祝日に診療し、平日休診もあるし、出張診療車で往診してくれるところもある。これから年寄りは当分増えるばかりなのでやっていけるだろう。
 老人関連ではドコモショップ隣りで駅前のホッタカメラがやっていた洋品屋が引き払ったあと杉並社会福祉協議会事務所が入った。元森永乳業研修所の跡地1,600平方メートルには地上5階の介護付き有料老人ホームが来年末に完成する。サンケイビルが建主。井の頭通りのうどん割烹壱久も廃業し、827平方メートルの敷地に4階建のマンション、保育所ができる。とにかくここ2、3年の街の変貌ぶりは異常なくらいだ。国際情勢、地球環境の異常のミクロな反映かもしれない。

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