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日めくり汀女俳句 №18 [ことだま五七五]

二月十八日~二月二十一日

                  俳句  中村汀女・文  中村一枝

二月十九日
いつしかや 手のあたたかく 春の雪
           『汀女句集』 あたたか=暮 春の雪=春
 私の父尾崎士郎は昭和三十九年二月十九日に世を去っている。花びらのようにうすい典型的な春の雪が降り積っていた。そして夜が明けると、庭中が花で埋まっていた。
 布団の下から手をさし入れると父の手にはまだぬくもりが残っていた。つめかけた見舞客に「天井(てんどん)はどうか、鰻(うなぎ)はどうか」と最後まで気遣っていた父、人間をこよなく好きで、良きにつけ悪しきにつけまるごと人を愛した男だった。享年六十六歳。
 私は今、同じ年になった。

二月二十日
暖かや 石段降りる 歩の揃ひ
           『汀女句集』 あたたか=春
 大震災の後、士郎のたった一人の兄である昇が大森の家の隣百坪ばかりの所に、母と妻を伴って越してきた。士郎と千代から誘われたのだそうだ。私が子供だった頃、伯父の家
の台所に閉された通用口を見つけた。伯母に聞くと、伯母は慌てたようにゴマ化したのが不思議だった。
 隣り合った両家はお互い仲よく暮らしていて、千代は出かける時にはいつも自分の家の裏から、伯父の家の庭の脇を通って出かけていたという。姑との仲も悪くはなかった。そこでも千代は作家というより、徹頭徹尾良き女房をやっていたのだった。

二月二十一日
水仙や束ねし花のそむきあひ
           『紅白梅』 水仙=冬
 大森駅前の神社わきの石垣に文士村のレリーフがあり、私の父尾崎士郎と宇野千代二人の肖像の下には元夫婦だったという説明があり、人が立ち止まる。
 「尾崎士郎って宇野千代の旦那さんだって」
 「今はどうなってるの」
 宇野千代が『生きていく私』の中で宇野千代のいい男として士郎を紹介してから、士郎は「人生劇場」の作者としてよりそっちの方で有名になった。八十八歳の母はどんな気持ちかなと思う。大正の昔、恋の大舞台にのった二人を娘の私は面白いドラマを見るような眼で眺めてしまう。

『日めくり汀女俳句: 邑書林

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