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にんじんの午睡(ひるね) №40 [文芸美術の森]

無認可保育園の話

                       エッセイスト  中村一枝

 子供が幼稚園の頃、もうかれこれ六十年以上前の話である。当時、四歳児だった彼らもとうに50を超えた。母親達もそれなりに年を重ねているが、その交流は今だにつづいていて、つい最近も住む場所を離れても逢う機会があった。当時はまだ初々しかったママたちが年を重ね70代80代の年になるのは当然のことだ。それでもお互い顔を見れば何十年を一気に乗り越えてあの時代に戻れるから不思議である。
 実はわたしは幼稚園というものに行ったことがなかった。体の弱いわたしを父も母もかなり過保護に見ていたらしい。一人っ子で、さらに体の弱い私は超過保護に育てられた。と今はやや自嘲を込めて思う。実際弱かったのだが、親の思い込みの深さもあったろう。真綿に包まれると言うそのままの過保護なそだちかただつた。と言ってもやっと生まれた一人っ子、それも、よく風邪をひく赤ん坊をどうやったら無事に育てられるかと父親も母親も必死だなったのだ。私は自分が親になった時どうやって子供を育てたか、無我夢中というのが現実である。あんまりえらそうな事は言えない。
 ある日母が「ちょっといい話を聞いた」と道の途中にある幼稚園の話をし始めた。母が会つたのはとても感じの良い40くらいの女の人で、どうもそこの幼稚園の人らしいという。それがきっかけだったが、見た目にはいわゆる幼稚園らしい色彩も形もない、ちょっとオンボロな場所だった。それでも入園式には20人くらいはいたのだろうか、今ではまったく忘れてしまった。ただここで出会った、ほか何人かとはお母さんも含めていまだに深いつながりを続けている。いかにも昔風の女のひとのあたたかい笑顔ひとつで成り立っていたような小さな保育園だった。今こんな、ボロいできそこないの幼稚園などあるわけがない。時代が変わったのよというけれど、こういう時代に生きるようになることがどんなにつまらないか、残念ながら今のわたしにはそれを証明する力もない。その幼稚園が実は無認可幼稚園だったと聞いても特に驚いた覚えもない。今何もかもきっちり整備され間違いひとつ許されないことの方がよほどおかしいことにもっと気付くべきなのだ。あの汚い、小さなオンボろの保育園には無限の楽しみが満ち満ちていた。
 今は何事にもあれ、快適、便利清潔さの方に目が向いてしまいがちだが、不便のなかにも含蓄があり、不自由ささの中にある生活の幅もこれ又生きて行く上でとても大事な事だとだと思うべきかもしれない。
 自由で伸びやかな幼稚園も一年二年経つうちに新しい子供達や、親達が入ってきて雰囲気が変わってくる。息子は入園した時から怪獣を抱いていないと幼稚園には入れない子供だった。あるおかあさんから「おたくの息子さんが怪獣を持ってくるのでうちの子も持ってくって聞かないの、怪獣を園にもつてくるのはやめていただけませんか。」わたしもかなり意固辞な母親だった。流石に面と向かってでは無かったが、多分心の中でつぶやいていたに違いない。「家中の怪獣数珠つなぎにして持って行きなさい。誰が何を持って来ようが自由じゃないの。子どものことだ、そのうち忘れるのに、30から40の母親はそれぞれも自己主張の塊だった。それもこれも今は懐かしい。若気の至りである。
 

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