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バルタンの呟き №42 [雑木林の四季]

         「決戦の大空へ!」       

                        映画監督  飯島敏宏

「おや?」と、ぼんやり眺めていたテレビ画面を、注視しました。画面から、何か、を思い出したのです。
「最近、海上保安官を志す若い人が、増えたんですってさ・・・」
並んでテレビを見ていたカミさんが、解説してくれました。近頃、歳の所為でしょう、夜の睡眠状態があまり良好でなく、お昼を済ますと、半睡半覚状態で小一時間も過ごしていることが増えているのです。画面には、海上保安庁の練習生の訓練風景が映っています。
「あ!」
思いだしました。
急にはっきりと脳内に浮かんだ記憶は、今から75年近く前に遡ります。
「決戦の大空へ、だっ!」
寝所のハンモックを手早く畳んで、制服に着替えて、練習船の上甲板に駆け登って行く練習生たちの姿は、たちまち僕の記憶と連携しましたが、しかし、テレビ画面の練習生の約半数は、まだ、わずかに紅顔を残す若い娘たちです。男子も、筋肉質ではありますが、僕が思い出に遺す映像の群像に比べると、別人種のように背が高く、スレンダーです。
国民学校(小学校)5年生だったでしょうか。米英仏支(中国)を相手に引き起こした大東亜戦争(太平洋戦争)真っ最中の頃、先生に引率されて見に行った、東宝映画です。
「見なかった? 予科練の映画だよ! 学校で連れていかれたろう?」
カミさんに聞きました。すでに二人暮らしになって久しいわが家では、お互いに主語は不要になっています。 
「知らないけど、そんな映画・・」
6年の違いを、忘れています。先週、僕は、ある会合で、加齢性認知症の初期症状の話を聞いてきたばかりです。思い当たる初期症状の気配です。
「〓若い血潮の予科練はァ、七つボタンでェ、サクラに錨(いかり)ィ・・・」
「あ、その歌なら知ってる・・・今日も飛ぶ飛ぶ、霞ヶ浦にゃ、でっかい希望の雲が飛ぶ、だっけ。〓海の男の艦隊勤務、月月火水木金金の予科練ね」
二つの歌がごっちゃになってはいますが、学年の違い、東京と甲府の違いを越えて、共通の思い出ではあります。
テレビ画面は、遠泳訓練に変っています。軍事教練で遠泳の経験はありますが、10キロと聞いたコメントには、驚きました。私たちの時には、海上を隋走する船は頼りない小さな漁船に教官が乗って鼓舞激励していましたが、画面では、立派な警護船が、訓練生たちの間近に並走しています。
「あれを見て、俺は絶対海軍だ!」
と決意して、航空少年団に入り、予科練の土浦まで見学に行った記憶も浮かんできました。
「最近、海上保安庁を志願する若い人たちが増えたって言ってたけど、ほんとかしらね」
そんなアナウンスがあった時は、僕はまだ朦朧としていたらしいのです。
「戦争はしないからね、海上保安庁は・・・」
と、答えながら覚醒して来るにしたがって、頭の中には、別な記憶がよみがえってきました。僕が、まだ現役で、TBSから木下惠介プロダクションに出向していた時に、TBS松竹合作で木下惠介監督が撮った映画「新喜びも悲しみも幾歳月」に関わった想い出です。海上保安庁の灯台守(全国各地の灯台を遍歴住み込みで保守する要員)夫妻の話しの続編で、今回は、わが子中井喜一が海上保安官になり、海上自衛隊、海上保安庁の新年観艦式(首相以下各閣僚官僚等隣席の海上パレード)に招かれた母親大原麗子が、沖を行く巡視船上に息子中井喜一の晴姿を見つけて、父親の加藤剛に向かって思わず漏らす、
「戦争に行かない艦(ふね)で良かった・・・」
という言葉です。
先陣を切って威風堂々通過して行った海上自衛隊の自衛艦は、戦闘艦です。撮影に全面的に協力した海上保安庁の宣伝のためのシーンで、木下惠介監督だからこそ許された反戦の台詞です。海上保安庁職員の妻でありながら、思わず漏らす母親の本音が、観客の胸を打ちました。

「兄(にい)ちゃんよ、どうせ軍隊に行かなきゃならないんだから、いきなり特別幹部候補生でどうだい?中学出て新兵さんからじゃ辛いぜ」
当時、工業中学(旧制)三年生、13歳の、身長160cmに満たない少年だった僕の次兄が、学校帰り、募集係に呼び掛けられて志願、僅かな期間に、離陸する方法だけ教えられて、航空兵として基地に配属、即特攻隊に編入、しかし、幸いにも、すでに自爆用の爆弾を抱えて飛び立つ筈の飛行機が無くて九死に一生、という目に遭ったのです。その頃、同様に誘われて志願した従兄弟は、敗戦後もその精神的重圧が後遺して、戦後帰還した後、国電(JR)中央線の鉄路に飛び込んでしまったのです。

「自衛隊に入れば、自動車の大型免許まで、全部取れるよ。戦争なんか行かないしさ。大型免許まであれば定年後も、引く手あまただぜ」
これで自衛隊入りした知り合いの息子さんは、長期間見事に勤め上げ、家庭も持ち、子供も育て上げたのですが、停年が近づいた今になって、予備役年齢が引き上げられて、今、悩んでいます。安陪内閣で安保法案が成立した結果、外国の戦場に派遣される可能性が生じてしまったのです。
「私の任期中に、憲法9条を改正して、自衛隊を(軍隊と)明記して、自衛隊の皆さんが誇りを持って働いて頂けるように・・・」
戦争を知らない宰相が、最近頻りに、身振り手振りを交えて、雄弁に気軽に主張されますが、現在、災害地などで献身的に作業されている自衛隊の皆さんが、まるで日陰者のように、プライドがない、とでも仰言るのでしょうか。専守防衛を逸脱した戦争に関わらせるために、
それを標榜しているのではないのでしょうか。
それにしても、最近総理大臣が、しきりにNHKや一部の民放に頻繁に登場するようになったのに気がつきませんか? 
ボランティアの受け入れ態勢もかなわずに、猫の手も借りたい災害直後の被災地に、その為に費やさなければならない周到な準備の手間と、警護や接待の為に駆り出される当該自治体の職員や警察関係者、それに加えて、首相に手を取って頂くために、被災家屋に留められる老被害者や、手を休めて首相来訪を歓迎するために駆り出される周辺の人々の迷惑を顧みず(想像力の欠如)、中継カメラに囲まれて現地訪問したり、党の総裁指名の選挙運動停止期間に、当該大臣が記者発表すれば済む些細な対策を、わざわざ首相自らがカメラの前で読み上げる姿が頻繁に、(特にNHK)の画面に登場する事実を重ねあわせると、うとうとと微睡(まどろ)んで、この海上保安官の卵たちの、厳しくとも美しい訓練ぶりを眺めていては、いけないのではないかと、警鐘が耳鳴りのように聞こえて来たのです。
「この子たちを、決戦の大空や、戦場に送ってはいけない!」
いまや完全に覚醒して、起き上がって新聞を取り上げると、なんとなんと、そこに、
「航空自衛隊に、女性初の戦闘機隊員が出現」
と、いまだ幼(いた)気(いけ)な面影さえ残る、されど制服制帽で身を包んだ健気な航空隊女子の写真が載った記事です。勿論、テレビニュースにも取り上げられたと聞きました。しかし、裏を返せば、戰爭の危険が孕み始めたと見て、航空自衛隊内で、男子隊員のジェット戦闘機乗りの希望者が激減しているのでは、と看るのは、果たしてバルタン星人の僻目でしょうか、いや、複眼でこその透視か・・・
自衛隊が、誇りを持って戦争に参加できると決まれば、戦闘機乗りばかりではなく、一般隊員も戦争の危険があるとなり、応募者が激減するとともに、現隊からの除隊希望が続出して、その必然で、ついには徴兵制を敷かなければならないような時勢となり、挙句には、挙国一致だの一億一心、国民皆兵などの言葉が迸り出る世情になってしまうのでは、と、折角の安らかなまどろみが、「我が国の進むべき道は、この道しかありません!」という甲高い声を伴奏に、何かの足音が近づいてくる、重苦しい悪夢に変ってしまいそうな午後の呟きでした

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