So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

フェアリー~妖精幻想 №96 [文芸美術の森]

花と昆虫と小鳥の妖精たち

                     妖精美術館館長  井村君江

 フラワー・フェアリーの画家 C・パーカー
 フラワー・フェアリーの画家として知られるシシリー・パーカー(一八九五-一九七三)の妖精たちは、野に咲く芥子の花やマスクローズ、道端のヒースやプリムローズがそのままあどけない子供の顔になって動きだしてきたようである。
 イギリスの裕福な家庭のつねとして、家庭教師について勉強し、短期間だけクロイドン美術学校に通ったのが唯一の学校教育であった。姉のドロシーが開いていた自宅の託児所に集まってくる子供たちをシシリーはいつも写生しており、純粋なあどけない子供たちに、この世のものでない妖精の映像を重ねていたようである。
 また、生涯の友人であったマーガレット・タラント(一八八八-一九五九)は妖精画家でもあり、二人はともに田園を散索したり、スケッチ旅行をしたりするよい絵描き仲間であった。
 フラワー・フェアリー第一作「春」(一九二三)には、姉ドロシーの詩がつけられて雰囲気をよりもりあげているが、一九二三年から約七年間にわたり「夏」「秋」「木」「庭園」「道端」と自然の妖精画シリーズを出し、出版五〇年を迎える前に世を去ったが、生涯にわたって自然の中の妖精を描き続けた画家であった。
 託児所の子供の手堅いスケッチに、自然観察の正確さが相まったように生れた妖精たちは、その花々の色や形や性質をもっている。たとえば芥子の花ならその花びらに似た薄い赤のドレスを優雅に着こなす乙女であり、アザミならトゲの剣をかまえたいたずらっぽい男の子になっている。彼らは単なる花の精ではなく、蝶や蛾やトンボ、カゲロウや蜂の翅を背にはやして花々のあいだを飛び回る精である。
 かつてフィッツジエラルドの画面に登場していた奇妙な暗い生き物たちはすべて姿を消してしまっており、子供の天真爛漫さと純真さと清らかさ、自然の美しさとが重ねられた、誰からも無条件に愛される妖精になっている。

M・タラントの妖精たち
 親友のマーガレット・タラントは、風景画家であり挿絵画家パーシーの一人娘で、父親と同じ挿絵画家の道を歩んだ。一九〇八年(十九歳)から十年の間に、『水の子』、『不思議の国のアリス』、二つの『ピーター・パン』、『アンデルセン童話集』などの挿絵を描いており、一九二五年あたりから『フェアリーブック』のシリーズを描き始め、『雪片の妖精』(一九二九)、『妖精の行列』(一九四二)などを描いている。白い毛皮付きコートを着て空中に浮かんでいる妖精たちは現実の子供たちであり、パーカーと同じようにあどけない子供に妖精に重なる性質をみていたようである。
 ラファエル前派のミレイが描いたファーディナンドとエアリエルの絵などでは、人間に妖精の音楽は聴えるが、姿は見えていなかった。しかし、タラントは子供たちに妖精が見えており、暖かい交流をし幻想的な世界を共有している場面をいくつか描いている。
 『あなたは妖精を信じるの?』(一九二二)や、『ブラウニーの女王』(一九二六)などでは、少女と妖精たちとの交歓の場面が、野原の子供の回りを踊る妖精や、森のウサギやリスに囲まれガールスカウトの制服を着た(制服が茶色だからブラウニーとも呼ばれるが、ブラウニーは妖精の一種でもあり、二つの意味が重ねられている)少女に、キノコの上で挨拶する妖精などの絵に窺える。
 コナン・ドイルが「コティングリー妖精事件」で、『妖精の訪れ』(「九二二)を出版したその年にこれらの給が描かれていることは、この事件を意識しての構図であろうし、その影響の現われであることは興味深い。
 タラントはつねにフェアリーの給を好んで描き続けていたが、一九〇九年、二十一歳の頃からフエァリー・ポストカードを描き始め、その一つ『チェスナッツ・キャンドル』は代表作で、円形の中に秋にこんもりした木に沢山花を咲かせるホース・チェスナッツ(大きな実はなるが食用にならない栗)の白い花の間から、魅力的な赤毛のフェアリーが、透き通るような薄い羽をつけて蝶のよぅにのぞきこんでいる。顔の微妙な表情や花々のデザインの確かさが、見る者に安定感と不可思議な幻想性とを過不足なく与える。アール・ヌーヴォーのデザインの影響もあり、一九〇〇年代のイギリスの空を、挨拶の言葉を運んで飛び交うのにふさわしいメッセージの使者である。

M.タラント「チェスナッツ・キャンドル」.jpg
M.タラント「チェストナッツ・キャンドル」

『フェアリー』 新書館

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。