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雑記帳2018-11-15 [代表・玲子の雑記帳]

2018-11-15
◆再びの小金井公園、江戸東京たてもの園は雨の中…

一昨年の台湾の世界詩人会議に出席した仲間4人の同窓会は、この度はメンバーの志田さんの提案で、江戸東京たてもの園に決まりました。
この半年間、お父上の王育徳氏の記念館建設でいそがしく日本と台湾を行き来していた近藤明理さんがようやく一段落した様子をみてのお誘いでした。
これが思いがけない、明理さんへの贈り物になったのは当日になってわかったことでした。

志田さんも私も何度か訪れたことのある場所ですが、来る度に何かしら新しい発見があり、それも初めての人が一緒だと、また面白いものです。
今回はおもに東ゾーンを案内のボランティアさんと共に廻りました。

東ゾーンには大正から昭和に活躍(?)していた商家や銭湯、居酒屋などが並び、下町の風情を楽しめると人気です。
下町仲通りには伝統的な出桁(いげた)造の商家や、この時代を代表する看板建築の商店がならんでいます。
看板建築は、関東大震災後、鉄筋コンクリート造で建てるだけの資力がない、中小規模クラスの商店によって数多く建設されました。軒を張り出した伝統的な造りと違って、垂直に立つ壁面が特徴です。かつての伝統的な町屋に代わる洋風の外観を持った店舗併用の都市型住居でした。
第二次世界大戦後もバラックを経て、震災後とはデザインを変えた看板建築が数多く建てられましたが、建築基準法改正で建てられなくなったり、80年代のバブル期に取り壊されたりの経緯を経て、現存する建物は少なくなりました。そのいくつかが江戸東京たてもの園に引き取られたのです。

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看板建築の三省堂文具店と花市生花店(左は休憩所)

看板建築は内部も工夫が凝らされています。武居三省堂は明治初期に開店した文具店です。建物は震災後に建てられたもので、前面がタイル張り、内部は狭い空間をすきまなく利用して、信じられないくらいの収蔵量です。

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壁一面の小引き出し
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壁や天井までの空間を利用した棚

道路をはさんだ向かいに建つ大和屋本店は港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建の商店です。こちらは3階の軒下を出桁造りにするいっぽうで、間口に対して背が非情に高く、看板建築のようなプロポーションです。

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大和屋本店
大和屋本店3.jpg
店内の昆布や煮干しはほんものそっくり

下町仲通りの付き当りにあるのは子宝湯です。
足立区にあった、東京の銭湯を代表する建物です。
宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」のモデルになりました。
ちなみに銭湯の経営は肉体的に厳しく、辛抱強い人でないと務まらないと、昔から東北出身者が多かったと聞きました。

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子宝湯
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男湯の脱衣場
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おなじみ、富士山の絵は男湯にだけ描かれた

万徳旅館は青梅市の青梅街道沿いにあった旅館。江戸末期に創建されて、富山の薬売りや江戸からやってくる御岳講の庶民の常宿になっていました。平成9年に移築されるまで現役でした。

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万徳旅館

東ゾーンのはずれに立つのは万世橋交番です。東京駅を建てた辰野金吾の設計によるもので、明治後期のものと言われます。
神田の万世橋からこのたてもの園に移されるとき、解体せずに、トレーラーでそっくり運ばれたそうです。

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万世橋交番

センターゾーンには明治から昭和の初めにかけて国政を担った高橋是清の住まいが展示されています。2・.26事件で命を落とした是清は戦争反対の立場で、軍事予算を削減、軍部に強く抵抗したため、ねらわれたのでした。建築当時のうねりのあるガラスは今では手に入るすべもなく、二階の廊下のひろいガラス窓からは、主も好んだという、建物と一緒に移された庭をみおろすことができます。

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高橋是清邸
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二階の廊下から庭を見下ろす

江戸東京たてもの園を訪れる人の一押しはなんといっても西ゾーンの前川國男邸です。
コルビジェの弟子だった前川が品川・大崎に建てた家はあくまでシンプル。モダンなトイレやバスルームは昭和17年築とは思えず、、彩光に工夫をこらした広い吹き抜けの居間はなんとも居心地よく、何度来てもあきません。

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前川國男邸
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西ゾーンには山の手通りと名づけられた通りをはさんで、前川邸のほかに、田園調布の家やデ・ラランデ邸、三井八郎右邸衛門邸などが建ち並び、思わず住みたくなるお洒落な街をつくっています。
その一角、デ・ラランデ邸でお茶をいただました。晴れていれば外のテラスでとなるのですが、あいにくの雨。明治末期の居間やダイニングルームの窓枠や飾りがおしゃれです。

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デ・ラランデ邸
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デ・ラランデ邸のダイニングルームで
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三井八郎右衛門邸のルネ・ラリックの証明

さて、この日の待ち合わせ場所はたてもの園の入口でした。
正面入り口のビジターセンター(旧光華殿)は、1940年(昭和15)、皇居前広場で行われた紀元2600年を祝う式典のために建設された式殿でした。
その式典に、明理さんのおじいさんがはるばる台湾から参列していたのでした。
式殿は光華殿と名づけられて、翌年、小金井緑地(現小金井公園)に移され、江戸東京たてもの園の開設と同時にビジターセンターとして生まれかわったのです。
少し早目に到着してビジターセンターの歴史を聞いた明理さんは、台湾が日本統治下にあった時代やおじいさんのことを、ご両親から聞いていたことを思い出したようでした。
白色革命で台湾を離れたお父上の記念館が故郷台南市に完成し、先日式典がおこなわれたことを思い合わせると、この日の小金井公園訪問は明理さんにとって、これ以上のタイミングはなかったのではないでしょうか。

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旧光華殿の手すりによりかかり、感慨深そうな明理さん


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