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いつか空が晴れる №48 [雑木林の四季]

    いつか空が晴れる

         -パパゲーノ・パパゲーナー

                                 澁澤京子

 レストランで食事していたら、隣の大きな予約席に次々と人が入ってきた、50代前半のお洒落したマダムばかり、どこかの女子校の同窓会らしい。
「お久しぶり!」「まあ、あなたはここの席よ!」次第に人数が増えていき、あちこちでおこる笑いざわめきがどんどんピッチも早く高音に盛り上がっていくさまはまるでモーツアルト「魔笛」のパパゲーノを聴いているみたい。うふふ・・というあちこちで起こる笑い声がそのうちに、テンションあがって高音のキャハハに変わっていく鳥のさえずりのようなざわめきを(はしゃぐ気持ちはわかるなあ)と音楽のように聴いていたのである。

天真爛漫で陽気でおしゃべりなパパゲーノが沈黙の試練の行に耐え、やっとパパゲーナと再会した時の喜びの歌。パパゲーノは、子供っぽい露悪趣味を持っていたモーツアルト自身でもある、と言われているそうです。

50代ともなればそれぞれ家庭にいろんな問題抱えている人がいるだろう、親の介護であるとか離婚であるとか、夫とはほとんど口を利かないとか・・それでも昔の友達に会えば、10代の天真爛漫な子供の頃にいきなり戻ってしまうのだ。容貌に変化はあっても人の性格ってほとんど10代のころと変わらないなあ、と思う。中学生のときは、やたらと背伸びして友達とジャン・ジュネなんかを回し読みしていたっけ・・「これ、すごく面白いわよ」と友達が貸してくれたのはサルトルの「水いらず」だった、中学生の女の子にアウトローや性の話を理解できるとはとても思えないんだけど、それなりに面白く読んだことは覚えている。
おませでおしゃまで、だけど女子校ゆえに男の人には奥手だったりして、幼稚なくせにやたらと大人ぶったりしていた。新任の英語の男の教師をみんなでいじめたこともあった。男の人に対する好奇心と恐怖心が両方あって、あれは思春期の女の子に特有のサディズムだったんだと思う。そういう背伸びをしたがる恥ずかしい時期をお互いに共有しているということは、いまさら気取らないで済むし、なかなか気楽な関係なのだ。

最近、友達から同窓会の写真を見せてもらった。彼は男子校。叔父様たちが肩を組んで校歌を歌ってる様子は、すごく無邪気というか。
仕事や家庭の重い圧力に耐え、頭髪を失いながらも、旧友と会えば思わず肩を組んでしまう叔父様たちの姿はとてもいじらしいではないか。

男の人も女の人も、いくつになっても10代のころの少年・少女が心の中に住んでいて、仮面を外せば、あっさり自然人が出てくる。
世間体とか虚栄とかそういった余計な仮面を外したとき、人とのコミュニケーションは自由な、幸福なものになる。それは人によっては年齢の増加とともにどんどん外れていく傾向もあって、そこで交わされる会話が、鳥のさえずりのようなナンセンスな軽いおしゃべりであっても、楽しければ楽しいほど何か夢のような、かけがえのない時間を過ごしていると感じるようになったのは、やはり年取ったせいでしょうか。




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